1984年/ソビエト(グルジア) 監督:テンギズ・アブラゼ 配給:ザジフィルムズ スターリンによる大粛清は、ナチスのユダヤ人虐殺と並ぶ20世紀最大のジェノサイドだった。しかしソ連でスターリン批判が起きたとき、グルジアでは彼への崇拝は消えなかった。スターリンはグルジア出身の権力者だったからだ。本作はその時代をモデルにした悲劇を描いているが、寓話として描くことで現代にも通じる普遍的な物語になっている。 庭の木に立てかけられている遺体、中世の騎士のような警察、オペラを歌う独裁者、馬車が走り回る街…。幻想と詩的な暗喩が混じった語り口は、今の目で見ても十分面白い。独裁者はスターリンだけではなく、ヒトラーやムッソリーニなども想起させる風貌だ。いくつか印象的なシーンがあるが、駅に到着した丸太を幼いケテヴァンとその母親が探しに行くシーンがある。粛清のため連れ去られた人々が生きていることを伝えるために、丸太に自分の名前を刻んでいることがあるからだという。 教会を破壊し、人々の信頼を引き裂く独裁者。しかしそれを支えているのは他ならない無関心の人民たちだ。ケテヴァンの告発はそれを暴く。しかし本当に悪事は暴かれたのか。 (注意!以下結末を明かしています。文字を反転してお読みください) ・テンギズ・アブラゼ監督は1924年、グルジアのクタイシ生まれ。1955年、友人のチヘイゼと劇映画『青い目のロバ』でデビュー。翌年のカンヌ国際映画祭短編映画部門でグランプリをとる。1969年の『祈り』、1977年の『希望の樹』、そして本作の三本を併せて、「懺悔」三部作と呼ばれている。1994年、トビリシで病死。
■懺悔(ざんげ)/ΠΟΚΑЯНИЕ

(c) Georgia-Film, 1984
ペレストロイカの象徴となった伝説の映画がついに日本公開
グルジアの厳しい時代を、シュールな映像と語り口で描く
出演:アフタンディル・マハラゼ、ゼイナブ・ボツヴァゼ、ケテヴァン・アブラゼ
公開:12月20日より岩波ホール他全国順次公開
上映時間:153分
公式HP:http://www.zaziefilms.com/zange/
■ストーリー
新聞を読んでいた男が「偉大な男が死んだ」と叫ぶ。その脇で教会をかたどったケーキを作っている女性ケテヴァンが、新聞の男の写真に見入る。死んだのはかつて市長として権力を振るっていた男ヴァルラムだった。葬式の後、埋葬された遺体が掘り起こされる事件が三度も続けて起こる。警察が墓を張り込む中、ヴァルラムの孫の青年トルニケが放った銃弾が、犯人の肩を打ち抜く。犯人はケテヴァンだった。彼女は法廷で自分の行為は罪ではないと主張。そしてヴァルラムが彼女の両親を「粛清」し、人生を大きく狂わした張本人であることを訴える。
■レヴュー
本作が完成したのは、ソ連が解体する以前の1984年。スターリンによる大粛清、体制や官僚制批判を含んだ内容は、まもなく始まるペレストロイカ(改革)の空気を読んでいたとはいえ、当時の国家にとっては十分刺激的で、グルジアで公開されたのは2年後の86年、モスクワで公開されたのはさらにその翌年だった。公開されると本作は大反響を呼び、モスクワでの公開時は最初の10日間だけで70万人以上を動員したという。ところが日本では、当時なぜか公開されず、その後も映画祭で数回上映されただけ。その伝説の映画が今回、一般上映されるのだ。
ラスト、何事もなかったかのように、冒頭と同じようにケーキを作っているケテヴァン。今までの話は、ケテヴァンの見た夢だったのか。何も変わっていなかったのか。そこへ窓越しに老女が声をかける。「教会に行くにはこの道でいいんですか」。「ヴァルラム通りは教会に通じていませんよ」とケテヴァン。老女が「教会に通じない道が何の役に立つのですか」と言い残して去っていく。教会は甘ったるいケーキの上にしかないのか。ケテヴァンもまた、それを作らせている権力者に従属したままなのか。深い余韻を残して映画は終わる。(★★★★前原利行)
■関連情報
・1987年カンヌ国際映画祭審査員特別大賞、国際批評家連盟賞、キリスト教審査員賞