| 原作となったモーリス・センダックの絵本は、誰もが子どものころ一度は読んだことがあるのではないだろうか。親に怒られたマックス少年が自分の部屋で謹慎しているうちに、部屋が変化していって、“かいじゅうたち”が棲む島に変わっていく。“かいじゅうたち”の王になったマックスだが、やがて島を去るときが来る。
この絵本をどう映画にするのか興味津々だったが、『マルコヴィッチの穴』や『アダプテーション』といった風変わりな話を料理して映画にするのが得意なスパイク・ジョーンズは、ある意味原作に忠実に映画化。大人なら3分で読み終わってしまう絵本を「忠実に」、というのはストーリーではなく、「印象」のこと。ストーリーのほとんどは新たに作られたものだが、映画の印象は絵本の印象とそう変わらない。むしろ映画を観たあと、絵本もそんな話だったかなと思ってしまうほどなのだ。
とにかく冒頭の20分は最高! 現実世界のマックスの心情が数少ないセリフと情景描写で、見事に表されている。姉とその友だちに雪合戦を挑む10歳の少年マックス。中学生か高校生ぐらいの姉の友だちが本気で戦いに応じれば、たちまち雪の家はぺっしゃんこ。やりすぎにマックスは泣き出してしまう。シングルマザーの母親は仕事のほかにも、新しいボーイフレンドができて、マックスをかまってくれない。遊び友だちがいない家でオオカミのパジャマを着て、犬を追い掛け回すマックス。急に訪れた孤独に、マックスはとまどい、苛立つ。そして家出するのだが、ここまでは本当にスピーディな展開で、文句なし。
「かいじゅうたちのいるところ」に着いたマックスは、そこで自分達の家を破壊している“かいじゅう”たちに出会う。そのリーダー格なのがキャロルだ。女友達のK.W.がいなくなったことに腹を立て、気分を戻すために家を壊しているのだ。マックスは「孤独」をうまく表せないキャロルに自分を見て、“かいじゅうたち”の前に姿を現す。“かいじゅうたち”は原作の絵本同様、ユーモラスだが強暴な面もあり、マックスを食べようとするものもいる。このあたりは、小さな子どもなら観ていておびえてしまいそうなほど、ちょっと怖げ。食べられないようにするため、「僕は王様だ」とウソをつくマックス。王として迎え入れられたマックスは、みんなで“かいじゅうおどり”をする。そしてみんなの住む家を作ろうと提案する。マックスにとって“かいじゅうたち”は家族同然になるが、やがてマックスのウソがばれるときがやって来る。
森を駆け出すマックス、“かいじゅうたち”とはしゃぎまわるマックス。そこにカレン・オーの高揚感をもたらす音楽が流れ、こちらの気分を大いに盛上げてくれる。このあたりは音楽の効果がかなり大きい。“かいじゅうたち”は表情をCGで加工しているが、基本は大きな着ぐるみ。しかしリアル過ぎないその感じがいい。映画には高揚感だけでなく、沈み込みがちな暗いトーンの部分もあり、そのあたりが長く感じられるのがやや難かも。それでも見る価値は十分にある。誰でも子どもだったころがあるから。家に帰ったマックスは、ちょっぴり成長をしている。大きくなったら、マックスは“かいじゅうたち”のことは忘れてしまうかもしれない。でも、心の奥底には、きっと“かいじゅうたちのすむところ”はまだ残っているはずだ。(★★★☆前原利行)
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