2008年/イスラエル、ドイツ、フランス、アメリカ 監督:アリ・フォルマン 配給:ツイン、博報堂DYメディアパートナーズ かつて兵士だった映画監督が、自分の失われた記憶を取り戻すために旧友たちを訪ねて行くのが基本の筋。しかし記憶の中の戦争はリアルと幻想が混在し、残酷だがファンタジックでもある。『地獄の黙示録』で、爆撃の下は悲惨であることを知りつつもナパームが美しく見えてしまったように、非現実的ということで戦争はリアルとファンタジーが同居している。そのファンタジー感を伝えるために、実写でなくアニメにしたのは正解だろう。 遠目に仲間の戦車が破壊されていくのを見ているが現実感がない、またはタイトルのように、くるくる回りながら機関銃を連射するイスラエル兵の動きが、ワルツを踊っているように見えたりもする。「死」を打ち消すために、精神が麻痺してしまうのだろうか。イスラエルとレバノンは隣同士で、しかも共に小国だから戦場は遠い場所ではない。家から数時間の距離で昼間は殺し合い、仲間が撃ち殺さても夜にはいつも踊っている町中のクラブにいる、非現実感。侵攻された国の人々の被害がもちろん大きいが、戦争は侵攻した側の兵士の心にも深い傷を残す。その傷を埋めるために、どこか他人事のような記憶に摩り替わってしまうのだが、ときにはそれが悪夢に変わる。 しかしレバノンで起きた住民虐殺事件は現実にあったこと。胸を締め付けられるようなエンディングでは事実が突きつけられ、もはやファンタジーのかけらもない。劇中、従軍した兵士達が船上でOMDの「エノラ・ゲイの悲劇」にあわせて踊っているシーンがある。その曲のイントロを聞いた瞬間、僕のその頃の人生がリンクした。1982年、日本はバブルに入ろうとする浮かれた時代だったが、地球の別な場所ではこれから殺し合いに向かう兵士達がいた。そしてこれから殺される人たちも。 重いテーマだが、今年見るべき映画の一本であることはまちがいない。(★★★★前原利行) 1982年、6月、イスラエルは南レバノンに侵攻する。表面上は南レバノンからPLO勢力を排除するのが目的だったが、当時の国防相のシャロン(のちの首相)の目的は首都ベイルートまで侵攻し、親イスラエル政権を樹立することだった。それがキリスト教マロン派民兵勢力のファランヘ党で、その若手指導者がバシールだった(映画の原題のBasirだ)。9月、PLOはチュニジアへ撤退するが、バシールは暗殺されてしまう。犯人は明らかではないが、若きカリスマ指導者を殺され、怒りに燃えたファランヘ党は、サブラとシャティーラにあるパレスチナ難民キャンプに侵攻。PLOはすでにいなかったが、イスラエル軍がキャンプの入口を固める中、ファランヘ党の殺戮が始まった。虐殺は老若男女を問わず、無抵抗の女性や赤ん坊まで処刑されていった。異変に気づき、報告したイスラエル兵もいたが、上層部は見て見ぬふりをした。虐殺はファランヘ党とイスラエル上層部(シャロン)で話がついていたのだ。 3日後、ようやく虐殺が行われていることが世界に知られるようになり、軍への非難がイスラエル国内でも高まる。その非難にシャロンは国防相を辞任することになるが、のちに首相として政界に返り咲き、新たな火種を巻き散らかしたことはみなさんご存知のことであろう。
■戦場でワルツを/Waltz with Basir

イスラエルのレバノン侵攻時に起きた虐殺
イスラエル兵士の視点で語られる斬新なスタイルのアニメ
公開:11月28日/シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
上映時間:90分
公式HP:www.waltz-wo.jp/
■ストーリー
2006年、イスラエル。映画監督のアリは、友人のボアズから26匹の犬に追いかけられる悪夢の話を打ち明けられる。若い頃に従軍したレバノン戦争の後遺症だとボアズは言うが、アリにはなぜか当時の記憶がない。不思議に思ったアリは、かつての戦友らを訪ね歩き、自分がその時何をしていたかを探る旅に出る。戦友たちの記憶も、ハッキリ覚えている者、断片的にしか覚えていない者など様々だった。やがてアリは少しずつ記憶を取り戻し、ベイルートを占拠した際に起きた「住民虐殺事件」の日、自分がそこにいたことを知る。
■レヴュー
昨年、『おくりびと』とアカデミー外国語映画賞を競ったイスラエルの反戦アニメが公開される。まず、見たことのないその斬新な映像スタイルに驚くだろう。アニメーションなのだが、映像をトレースしたかのようなリアル感。陰影を強調した絵柄は、現実と夢の境界にあるような世界を描くのにピッタリだ。しかも本作の題材はドラマではなく、ドキュメンタリー。ドキュメンタリーをアニメにする過程で再構築しているので、この作品がドキュメンタリーの範疇に入るのかという問題もあるが、そのジャンルの境界の曖昧さも、また新しい。
■映画の背景
この映画の背景は複雑だ。そもそもレバノンという国、そしてそれを巡る現代史自体が一筋縄ではいかない。レバノンは「宗教のるつぼ」ともたとえられるように、イスラーム教でもスンニー派、シーア派、ドールズ派がおり、キリスト教でもマロン派、ギリシャ正教、アルメニア正教など多くの宗教がある。第二次世界大戦後、フランスから独立するもイスラーム教とキリスト教系の対立は続いていた。そこに第三の勢力としてPLO(パレスチナ解放戦線)が加わる。1970年代初頭にヨルダンを追われたPLOはベイルートに本拠地を移し、たびたびイスラエルに越境攻撃を加えていた。