| ■わが故郷の歌/Gomshodei dar Araq |
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2002年/イラン
製作・監督・脚本:バフマン・ゴバディ(『酔っぱらった馬の時間』)
出演:シャハブ・エブラヒミ、アッラモラド・ラシュティアン
配給:オフィスサンマルサン(TEL:03-3946-5430)
上映時間:100分
公開:2月21日より岩波ホールにてロードショー、全国順次公開 |
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| ■ストーリー |
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イラン・イラク戦争停戦後、イラク軍による弾圧で多数のクルド人が難民となってイランへなだれ込んでいた。そんな中、クルド民族音楽の名手として知られた大歌手・ミルザは、かつて男とイラクへ駆け落ちした妻ハナレが会いたがっていることを聞き、息子のバラートとアウダを連れて、国境を越えたイラク領クルディスタンを目指す。最初は陽気な旅立ちで、さまざまなクルドの人々の生活を見ていく3人。しかし次第に国境に近づくにつれ、3人は悲惨な状況を目の当たりにしていく。はたしてミルザはハナレに再会することができるのだろうか。そしてなぜハナレは、イラクへ去らなければならなかったのか。その理由もわかってくる。
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| ■レヴュー |
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2000年に『酔っぱらった馬の時間』でデビューし、カンヌでカメラドール新人監督賞と国際批評家連盟賞を受賞したゴバディ監督の第2作。イラン=イラク国境付近で暮らすクルド人のシビアな現実が、前作では静かに激しく描かれていたが、本作ではそれに陽気な音楽と歌や踊りが盛り込まれ、クルド人本来の明るさやユーモアをも見ることができる。ただ、本職のミュージシャンでもある3人の登場人物はそのたたずまいからして魅力的なのだが、途中のドタバタが僕にはどうにも消化不良。折角のロマンスもずいぶん控えめな印象を受けた。
★★★☆(今野) |
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映画を見ている間、僕は別の映画を思い出していた。ベトナム戦争の狂気を寓話的に映像化したコッポラの心の闇への旅『地獄の黙示録』だ。この作品も構造的にはかなり似ている。戦火の進む土地をある人を探し求め、次第に深い闇の中へと足を踏み入れていく。そこで出合った人々は結婚式をつぶそうとする大男、警官の服を着た強盗、服を奪われ手錠でつながれた2人の警官、金もうけに走る医師、美しい歌声の女性、親を亡くした子どもたち、密輸業者たちが集うチャハイネ、大量殺戮の跡…。最初はトラブルもどこかコミカルでもあったりする牧歌的な旅だが、旅が進みイラク領に入ると、3人の旅はこの世の地獄巡りの様相を帯びてくるのだ。そして出口の見えなかった『地獄の黙示録』とは異なり、ここではほんのかすかな希望が見い出される。弱々しいながらも、それがクルド人にとって現実的な希望なのだ。
★★★(前原利行)
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| ■関連情報 |
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・1968年生まれのゴバディ監督はイランのバネー出身。キアロスタミ監督の『風が吹くまま』でチーフ助監督をつとめ、サミラ・マフバルバフ監督の『ブラックボード―背負う人―』では主演俳優の1人となった。長篇監督作品第一作『酔っぱらった馬の時間』は、カンヌ国際映画祭で、カメラドール新人監督賞国際批評家連盟賞を受賞。日本でも高く評価された(キネマ旬報批評家選出ペストテン第6位)。
・本作はシカゴ国際映画祭で金の額縁賞を受賞したが、アメリカ政府がゴバディ監督の入国を拒否したため、監督は受賞を辞退した。同時期にキアロスタミ監督もニューヨーク映画祭での入国を拒否されている。またこれに抗議をしたフィンランドのアキ・カウリスマキ監督は同映画祭の出席を取り止めた。 |
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| ■映画の背景 |
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「国家を持たない世界最大の民族」といわれるクルド人。その約半数がトルコ、約25%がイラン、約15%がイラク、約5%がシリアに分断されて暮らし、その一帯は「クルディスタン」と呼ばれている。統一国家を持たないことの悲劇が、差別や自由への弾圧となって、この民族を苦しめてきた。本作はイラン・イラク戦争の終了後、イランに協力したクルド人ゲリラの掃討を名目に、イラク軍が化学兵器などを使用してクルドの村々を攻撃し、大量の死者や難民が出ていたころの話。当時のフセイン政権を援助していたのは、ほかならぬアメリカだ。
ほかにもクルド人問題を扱った映画には以下のものがある(日本公開されたもの)。機会があったら見て欲しい。
○トルコ/『群れ』'78、『路』'82(ユルマズ・ギュネイ監督)、『ハッカリの季節』'83(エルデン・キラル監督)、『遥かなるクルディスタン』'99(イエスィム・ウスタオウル監督)
○イラン/『風が吹くまま』'99(アッバス・キアロスタミ監督)、『ブラックボード―背負う人―』'00(サミラ・マフバルバフ監督)、『酔っぱらった馬の時間』'00年(バフマン・ゴバディ監督)
○スイス/『ジャーニー・オブ・ホープ』'90(クサヴァー・コラー監督)
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