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■ブンミおじさんの森/Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives

(c) A Kick the Machine Films
 
2010年/イギリス=タイ=ドイツ=フランス=スペイン

監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演:タナパット・サーイセイマー、ジェンチラー・ポンパス、サックダー・ケァウブアディー、ナッタカーン・アパイウォン

配給:ムヴィオラ
上映時間:114分
公開:3月5日(土)より、シネマライズほか全国順次ロードショー
公式サイト:http://uncle-boonmee.com/

 
■ストーリー
 
腎臓の病に冒され、死期が近づいていることを悟ったブンミは、妻の妹ジェンとその息子トンをタイ東北部にある彼の農園に呼び寄せる。ある晩、夕食をとっていると、19年前に亡くなったはずの妻が現れる。また数年前に行方不明になった息子も異形の者となって現れ食卓を囲む。やがて、死に場所を探すように、ブンミは深い森へわけ入っていく。
 
■レヴュー
 
昨年のフィルメックスで一足先にこの映画を観た時、同じく「輪廻転生」を扱った三島由紀夫の小説『豊饒の海』を思い出していた。その四部作の3巻目、『暁の寺』の中で、親友の転生を見届けてしまった本多という主人公が、転生の謎を解明するために、インドやタイを旅しながら仏教の「唯識」(*1)思想を考察する場面がある。読んだ当初は難解でよく理解できなかったのだが、この映画の構造が、その「唯識」という概念によく似ているのではないか?と、ふと思ったのだ。

「唯識」に関して何かわかりやすい本はないかと物色していたら、偶然にも去年は三島由起夫没後40周年ということもあってか、井上隆史著『三島由紀夫 幻の遺作を読む』(光文社新書)という新書本に出くわした。この中で『豊饒の海』を読み解くために「唯識」のわかりやすい解説がしてあるので興味のある人はどうぞ。

さて、映画『ブンミおじさんの森』は、アピチャッポン監督の『プリミティヴ』というアートプロジェクトから派生してできた作品であり、その集大成とも言える作品だ。それは彼が育った東北タイ(*2)の各地を回り、その土地の記憶や歴史を掘り起こしアート作品にするというものだ。東京でもその一部が展示されたことがある。例えば『ナブアの亡霊』という作品は、夜の闇の中、地元の少年が火のついたボールでサッカーをするという映像作品だが、ナブアという土地は60年代に共産主義者と咎められた農民たちが兵士に虐殺されたという歴史があり、その火の玉ボールが闇の中で素早く動く様がまるで銃弾の火花のように見える、というものだ。劇中にもプロジェクトと連動したカットが「未来のシーン」として挿入されている。

簡単に説明すると、「唯識」とは、「すべては心であり、心以外は存在しない」という考え方だ。例えば、目の前にあるコップも、「心」が生み出す虚像に過ぎないと考える。さらにその「心」の奥には「阿頼耶識」とよばれる深層意識があるとされる。

「阿頼耶識」のアラヤとはサンスクリット語で「蔵(おさ)めること」「貯えること」を意味し、これは「種子(しゅうじ)」とよばれる、過去のあらゆる結果の集約であると同時にこの世(世界)のあらゆる存在(あるいは現象。唯識の立場から言えば、それはすべて心の働きによって生み出される虚像に他ならない)を出現させるエネルギー体が、そこに蔵められていることを、指していったものである。(井上隆史著『三島由紀夫 幻の遺作を読む』より)

この映画でいえば、「阿頼耶識」とは、東北タイという土地や人々が持っている記憶や伝統や歴史であり、ブンミおじさんが思い出している世界観である。たぶんそこには一連の『プリミティヴ』プロジェクトも、アピチャッポン監督の個人的な想い出も含まれるはずである。そして、その「阿頼耶識」は我々が観ている「映画」という虚像となって表出している、という説明ができるだろう。輪廻転生の主体は「阿頼耶識」そのもので、これは「種子(しゅうじ)」となって、映画を観ている我々にも“転生”するのである。監督は特にタイの仏教界を肯定的に見ているわけでもなさそうだし、また、どこまで輪廻転生の理論構造を追求しているのかも不明だが、これは「映画」という本質にも迫るような構造になってはいないだろうか?!

奇しくも、40年前、三島が『豊饒の海』を描き、自決したのは、日本が高度成長期で劇的な変化を遂げた頃で、その動機は想像の域を出ないが、少なくとも「日本文化の空洞化」を憂いていたことは確かなようだ。作品の結末も感触もまるでちがうのだが、アピチャッポン監督は急激な変化を遂げたタイという国で同じような問題意識をもって、この映画に挑んでいることが伺える。また、この映画は、『豊饒の海』の返歌ともいえる澁澤龍彦の遺作『高丘親王航海記』をも思い出させるのだが、むしろ有機的で希望のある着地点はこちらに近いと思う。(カネコマサアキ★★★★)

 
■関連事項
 
第63回カンヌ国際映画祭・パルムドール受賞(2010年)

(*1)実際のところ、「唯識」思想というのは、大乗仏教(北伝)の思想であり、タイの上座部仏教(南伝)の教義とはかなり違いがある。それは三島も小説の中で指摘している。タイの輪廻転生という思想は、仏教以前に既にインドからバラモン教、あるいはヒンドゥー教の影響として浸透していると見られている。ちなみに、三島はタイの輪廻転生についてシャム版大蔵経から引用し、「輪廻転生を惹き起こす業の本体は『思』すなはち意志である」と書いている。本来の仏教の思想に近く、「唯識」より原始的だ、としている。

(*2)イサーン地方と呼ばれる。ラオスにも多くいるタイ・ラーオ族と、クメール系が多く、中央のタイ人とは食文化や言語が異なり、貧しい農民の多い地域にあたる。映画のロケ地はルーイ県、チャイヤプーム県、コンケーン県の三県が交わるあたりらしい。

 
■DVD情報
 
ブンミおじさんの森 スペシャル・エディション [DVD]
角川書店 (2011-09-23)
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