読もう、読もう、とは思っていていたのだが、実は「タンタン・シリーズ」を一編も読んだことがなかった。以前、戦前の上海を克明に描いた作品が「タンタン・シリーズ」にある、というのをどこかの文章で読んだことがあって、是非読みたいと思っていたのだ。好機会なので、アジアを舞台にした『青い蓮』(1934)と『チベットをゆく』(1960)を読んでみた。
『青い蓮』は、1930年代の上海が舞台。日本軍と麻薬組織の陰謀にタンタンが巻き込まれるというストーリーで、当時の中国の窮状を訴える作品になっている。映画によると、作者のエルジェは作品に正確さを持たせるため、親交のあったチャン・チョンジェン(中国語表記だと張充仁)という当時ブリュッセル美術アカデミーの中国人留学生にアドバイスを受けたという。彼は「チャン」というマンガのキャラクターのモデルにもなっていて上記2編に登場する。
『チベットをゆく』は、その「チャン」がチベット上空で飛行機事故に会い、生存を信じてタンタンが彼を救出に行くというストーリーだ。監修を勤めた実在のチャンは、その後1935年に上海に戻ったが、日中戦争や共産革命の混乱で音信不通になってしまう。再会したのは実に40年後だった。そんな彼を心配したエルジェの思いが、マンガから伝わって来る。
エルジェの人生には、人気漫画家として華やかな面がある一方で、陰の部分が存在する。ドイツ占領下ではナチスの協力者だったという批判や、妻以外の女性との恋、離婚。ボーイ・スカウト精神、カトリック信仰ゆえの苦悩。劇中にはマンガの下絵などが時折写るが、何度も重ねられたラフスケッチの鉛筆の線に、マンガ製作の過酷さも伝わってくる。日本で劇画が台頭した頃、手塚治虫がリアリズムという壁にぶち当たったという話を聞くが、エルジェは既に『青い蓮』を描いた戦前からその壁を経験していた事がわかる。タンティノフィルにも、日本のマンガファンにも、たくさんの発見があるドキュメンタリーではないだろうか。(カネコマサアキ★★★)