監督:エラン・リクリス 配給:シグロ、ビターズエンド 「境界」に阻まれた花嫁と花婿を「悲劇」として描くこともできるが、この作品では「アラブ的楽観主義」も同居し、ユーモラスな味わいも忘れてはいない。昨年公開されたイスラエル映画『迷子の警察音楽隊』のように、シリアスな題材を描きながら、その状況を笑ってしまう、いや笑ってしまわなければどうしようもない状況も描かれている。 花嫁モナにとって幸せになる日が、家族との一生の別れの日となる。長女アマルは因習に従って結婚したが、自分の可能性を試したいと保守的な夫に不満だ。村の掟と父に背いた長男は、家に帰ってきても父親に歓迎されない。女性に目がない次男は国際赤十字のスタッフにも手を出している。父親は息子のことで村の長老たちに冷たい眼で見られている。それぞれ悩みや問題を抱える家族の様子は世界共通のものだ。 いよいよ境界まで花嫁を見送る一家。しかしイスラエル側で「出国スタンプ」が押されてしまったことから、話はこじれる。シリアはイスラエルのゴラン高原を認めていない。つまり花嫁はシリア内を移動するだけという建前なのだ。だから出国スタンプがあるものを受け入れるということは、ゴラン高原がイスラエル領であると認めるというシリア側の主張だ。中立地帯を行き来できるのは国連や赤十字関係の職員だが、職員も伝言ゲームのように何度も往復しているうちに嫌になってくる。すぐ目の前に花婿がいるのが見えるのに、行き場を失った花嫁は哀れだ。 国境で起きるくだらないメンツの張り合い、あるいは官僚主義は、それまでの一家の父親と長男、あるいは村の長老たち、警察たちのメンツの張り合いがただ大きくなっただけに見え、滑稽だ。そんなバカさ加減につき合わされ、じりじりと「境界」で待たされる一家を見ているうち、「境界って何だ!」とこちらも叫びたくなってくる。 そういえば、僕もかつてイスラエルの出入国スタンプをパスポートではなく別紙に押してもらっていた。スタンプがあると、シリアが入国拒否をするからだ。ある日本人旅行者はイスラエルのスタンプを押されてしまったため、シリアへ入る前にそのページを切り取って入国していた。別に尋問があるわけではないし、シリアも「イスラエルに行った事があるか」など旅行者を調査しない。係員は形式的にパスポートにスタンプがあれば入国させないだけで、ごまかされればそのまま。そんなものなのだ。それに振り回される人々を尻目に、花嫁モナは最後に毅然とした態度をとる。そんなモナに拍手を送りたい。(★★★☆前原利行) ・本作の舞台となる村に住む人々は、イスラームでも少数派のドゥルーズ派の人々。彼らはゴラン高原をはじめ、イスラエル、シリア、ヨルダン、レバノンにまたがる地域に住んでおり、居住地が国境によって分断されている。ドゥルーズ派は、クルアーン(コーラン)ではない聖典を用い、マッカ(メッカ)に向かって礼拝しない(当然マッカへの巡礼もない)、輪廻転生を信じる、断食も義務でないと、かなり教義が異なり、彼らはイスラームではないとするモスリムも少なくない。 ・境界の向こう(シリア)に住む一家の弟と、拡声器を使って話しあうシーンはまるでコントのようだが、実際に行われていることだという。
■シリアの花嫁/The Syrian Bride

イスラエル占領下のゴラン高原で、花嫁がシリア側へ嫁いでいく
出演:ヒアム・アッバス(『パラダイス・ナウ』『画家と庭師とカンパーニュ』)、アクラム・J・フーリ(『パラダイス・ナウ』『ミュンヘン』)、クララ・フーリ(『ワールド・オブ・ライズ』)
公開:2009年2月21日より岩波ホールにて、ほか全国順次ロードショー
上映時間:97分
公式HP:www.bitters.co.jp/hanayome
■ストーリー
イスラエル占領下のゴラン高原のある村。村の娘モナが嫁いでいく日なのに、モナも姉のアマルも表情が悲しげだ。それというのも、一度境界を越えて嫁ぎ先のシリアへ行ってしまうと、二度と戻ることはできないのだ。その日、村ではシリアの新大統領を支持するデモも行われ、警察はモナの父で親シリア派のハメッドをマークしていた。8年ぶりに帰郷する長男ハテム、海外でも手広く商売をしている次男のマルワンも、結婚パーティのために戻ってきた。しかし村の掟を破り、ロシア人女性と結婚して家を飛び出したハテムを、父ハメッドは許さない。パーティが終わり、モナの一家は境界線へ向かい、シリア側にも花婿のタレルたちの一行がやってくる。出国係官がやってきてスタンプが押されるが、思わぬ出来事が待っていた。
■レヴュー
僕がシリアやイスラエルに行ったのは、もうずいぶん前。1996年の6〜7月のことだ。ちょうどその頃は、奇跡的にイスラエルと周辺諸国の状況も安定しており、一日のうちにエルサレム→アンマン(ヨルダン)→ダマスカス(シリア)と旅もできたし、パレスチナ地域への行き来も問題なかった。そんなある夜、エルサレムの日本食レストランで、国連兵力引き離し監視隊(UNDOF)の一員としてゴラン高原へ派遣されている自衛隊の方々に出会い、ずいぶんと驚いたものだった。
■映画の背景
・シリア南東部に位置するゴラン高原は、1967年に起きた第三次中東戦争によってイスラエルに占領された。
■関連情報
・本作は2004年のモントリオール世界映画祭でグランプリ、観客賞、国際批評家連盟賞、エキュメニカル賞を受賞。その他にも各国の映画祭で受賞している。
■DVD情報