■新作の『午後の五時』のエンディングは悲しい終わり方になっているのですが…。
サミラ
アメリカがアフガニスタンを攻撃した時、流された映像は暴力的なアフガニスタンのイメージで、アメリカが自由をもたらし、人々は喜んだという映像でした。今、世界はひとつの村になっているというような時代に私たちは暮らしているはずなのですが、同じ時代でもアメリカとアフガニスタンのように、発達している国と遅れている国があります。その間に吹いた風が9.11だったと思います。あの事件が他の国で起きていたら、あれほど世界的な注目を浴びなかったでしょう。それ以前にもその後でも、アフガニスタンでは多くの人が戦争や飢えで死んでいますが、誰も注目していませんでした。だから9.11がなければ、みなあの国に対して注目しなかったと思います。
アメリカは民主政治をアフガニスタンで行なうつもりがあるなら、なぜ9.11を待っていたのでしょう。知らなかったわけではないのですから。そしてなぜ今になって急にイラクを民主的な国家にしようと言い出したのでしょう。私の映画の中では、多くの夢や希望が隠されていますが、結末がハッピーエンドではないのは、2002年の秋と冬に撮影した時の現実がそうだったからです。
アフガニスタンの問題はタリバン政権だけの問題ではありません。アメリカが武器を回すお金をアフガニスタンの再建にまわしていたら、今のアフガニスタンは不幸でなかったですし、私の映画もハッピーエンドで終わっていたでしょう
私がアフガニスタンに行った時、まだ学校の前に地雷が埋まっていましたし、ペンとか消しゴムの形をした爆弾に触って爆発して死んでしまった子どももいました。誰がこの地雷や爆弾を作ったのでしょう。それは飢えや経済に苦しんでいるアフガニスタンではないはずです。発達している国、つまり民主的な政治を行なっている国が作っているのです。
兵器を作っている国は誰かが買ってくれないと利益をあげられないので、戦争を起す必要があります。戦争が終われば再建が始まり、生活物資を買うようになるので、今度はそれを売ればいいのです。生活用品を売りたいなら、ふつうに買ってもらえるようにすればいいのです。
私たちは映画を作る時には、結果を見てから次の映画を作ります。でも戦争を起した国は、アフガニスタンの結果がまだ出ないのに、イラクでまた戦争を始めました。そしてイラクでもまだどうなるかわからないのに、また次のことを考えているのです。
■イランやアフガニスタンで女性が置かれている状況について教えて下さい。
ハナ
アフガン女性はブルカを被り、イラン女性はスカーフで頭を覆っていますが、考えてみれば世界中の女性は誰でもブルカを被っているとも言えます。世界中にどれほどの女性の大統領がおり、作家や画家といった重要な仕事をしている人がいるのか。どの世界でも女性の才能を伸ばさない状況を男性が作っているのではないかと思います。だからイランやアフガニスタンの女性に限らず、世界中の女性は想像上のブルカを外さなくてはなりません。日本ではこのように記者会見には多くの女性がやってきていますが、アフガニスタンで開いた記者会見では、来たのはすべて男性で残念に思いました。これからも世界で女性が活躍していくことを願っています
サミラ
私が最初に作った作品『りんご』の出品でカンヌ映画祭に行った時、記者に聞かれた質問なのですが「イランという国は18歳の女性が自由に映画を作れる国なのか、それとも2人の少女が自由に家も出れないような国なのか」と聞かれました・そこで私は「イランという国は両方のタイプの女性が自由にいられる国です」と答えました。プレッシャーは人間を必ずしも小さくするものではなく、それがあるからこそ強くなることもあるのです。だからイラン女性は強いのではないかと思います。
ハナが言ったように言ったように、世界のすべての女性のブルカを外して欲しいというのが願いです。それは日本やアメリカでも同じです。私はスカーフを外すという表面的なことでなく、イランからもすぐれた女性の作家が生まれて欲しいと思っています。これは私の考えですが、イランやアフガニスタンの女性はそうした抑圧の中で暮らしてきたので、精神的には強く、小さなチャンスでも与えられれば、のびていくのではないでしょうか。
ハナ
戦争の中で育ったアフガニスタンで自分と同じくらいの歳の女性を見ると、経験していることが自分と違うと思いました。たとえばサミラの映画の主役も戦争の中で生まれ、結婚し、子どもを生み、いろいろなことを経験してきました・彼女の目の中を見ると、とても哀しみを感じて涙が出るくらいでした。しかし逆に可哀想なのは彼女ではなく、むしろ何も経験していない私たちの方なのかもしれないとも思いました。
■チャンスがあれば、国外での活動も考えていますか?
サミラ
今まで作った映画は、イラン、アフガニスタン、イラクとの国境地帯。つまり言葉も良くわかり、文化的な状況も似ているところです。父は「医者には国境がないが、映画もどこでも作れるのものだ」と答えています。ただし、私は例えば日本に来て次の日に日本の映画を作ろうとは思っていません。なぜならその人の内面までわからないと、単に旅行者が撮っている映像と変わらないものなりますし、深い内容の映画にはならないと思います。
攻撃を受けたアフガニスタンやイラクの映画人が映画を作ったら、現実的な映像を見られるのではないかと思いますが、残念ながら現在、そうした環境は少ないのです。本当の声はCNNやBBCの放送や、商業的な映画からはわかりません。9.11の事件の後、アフガニスタンの映像はあちこちで目にするようになりましたが、私たちが受ける質問はいまだに単純なものです。だからやはりアフガニスタンの現状は理解されていないのでょう。決まった映像しか流されないCNNやBBCも、ハナがいうように、私たちの頭の上に被っているブルカではないでしょうか。
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2004年3月10日、ホテル西洋銀座にて
配給:東京テアトル
公開:『ハナのアフガンノート』2004年5月銀座テアトルシネマにてモーニングロードショー
『午後の五時』2004年6月銀座テアトルシネマにてロードショー |