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パスポートのない「アジア横断」
〜映画『イン・ディス・ワールド』より〜
 11月に公開される映画『イン・ディス・ワールド』は、パキスタンのペシャワールにある難民キャンプに育ったアフガン人の少年と青年が、「密入国」という手段を使ってロンドンを目指す物語である。映画自体のレヴューは、レヴュー欄を参照していただくことにして、ここでは2人がたどった道筋を、旅行人発行のガイドブック「アジア横断」と重ね合わせてみよう。
●パキスタン
 2002年4月、少年たちの旅はペシャワール郊外の難民キャンプから始まる。そこで育ったアフガン人の少年ジャマールと従兄弟の青年エナヤット。2人は息子の将来を案じたエナヤットの父により、得体の知れない幾人ものの「運び屋」の手を経てロンドンへと旅立つことになる。ペシャワールのバザールで仲介屋の紹介を受け、バスで山々に囲まれた高原の町、クエッタへ。バスなら約25時間の距離だ。ここから国境の町タフタンまでは、ほとんど人家もない砂漠地帯だ。この映画のように、風が吹けば十メートル先も見えない砂嵐になる。クエッタ〜タフタン間はバスで15時間ほどの距離。ほとんどのバスが日中の暑さを避けるため、夜行便だ。ジャマールとエナヤットはトラックの荷台に乗っていくが、途中、検問所に引っかかり、ワイロ(ウォークマン)を渡して何とか通してもらう。
 国境のタフタンは、町というよりバラックが並ぶ難民キャンプのようなところ。砂混じりの風にさらされたその姿は、まるで西部劇に出てくるような雰囲気。旅行者はそこから国境検問所を通ってイランに入るが、パスポートもビザもないジャマールたちは、業者の手を借りて国境沿いに車を走らせる。どこか密入国のポイントがあるのだろう。
●イラン
 イランに密入国した2人は、「運び屋」のもとで服を着替えさせられる。パキスタンの国民服とも呼べるシャルワースカミースは、イランでは受けが悪い。アフガン人も同じタイプの服を着ているからだ。だからパキスタンからイランへ来た日本人バックパッカーがこの服を着て町を歩いていると、アフガン人とまちがえられてか暴行を受けたりいやがらせを受けたりする事件が起きている。日本人のような顔をしたアフガン人もいるからだ。この映画でも、ジャマールたちは「その服は目立つ」と運びに言われて、ズボンにシャツといったイラン男性がふつうに着る洋服に着替えさせられる。
 ザーヘダーンからテヘランに向かうバスに乗る2人。ジャマールがエナヤットに「バスの乗り心地がいい」というシーンがある。パキスタンからイランにやってきて旅行者がまず驚くのが、よく鋪装された道路と快適なバスだ。土埃をあげながらガタガタ道を走るパキスタンのバスと、シートも良くリクライニングさえできるイランのバスは、かなりの差。オイルマネーの力か、国力の差か。
 国境に近いザーヘダーン周辺は、密入国者や密輸品を取り締まる検問所が多いところ。多い時には30分おきに検問がある。検問所では身分証チェックや荷物検査のほか、バスの下まで念入りに調べることもあり、通過には時間がかかる。検問所でペルシア語の質問に答えられなかった2人は、兵士にあっさり拘束されてしまう。イランではワイロもきかなかったのか、2人は国境のどこかに連れていかれ、パキスタンへまた逆戻りすることに。実際にイランではパキスタンに比べると公務員がマトモで、パキスタンのように旅行者がワイロを要求されるといったことは、あまり聞いたことはない。
 さて、2人は再び業者の手を借りてイランに密入国。4月12日、今度は無事にテヘランに到着する。ちなみにザーヘダーン〜テヘランは直通バスでは24時間の距離だ。テヘラン市内が近づくにつれて車の交通渋滞が起き、車のテールランプが夕闇に光る。彼らにとっておそらく初めて見る大都会の夜の風景だ。テヘランには4つのバスター

 ミナルがあるが、2人が着いたのはエスファハーンなど南方面へのバスが発着しているテルミナーレ・ジョヌーブだろう。円形の建物が印象的なところだ。テヘランの街並が映るが、近代的な高層ビルが建っていることに驚く人もいるだろう。その通りテヘランは1000万人近い人口を擁する大都市で、町行く女性の姿に見とれている2人のシーンがある。イランといえば女性はチャドル着用と服装の厳しい面ばかり強調されがちだが、テヘランのような大都市ではおしゃれなイスラミック・コートを来て歩く女性もいる。それが2人にはずいぶんとモダンに見えたのだろう。より女性の自由度が少ないパキスタンでは、カラチなど一部の大都市を除き、ありえない姿だ。
 次に2人はテヘランから国境の町マークーへと移動する。直通バスなら14時間の距離だが、検問を避けるため2人はトラックの荷台に隠れて移動する。マークーから国境のバーザルガーンまでは、乗合いタクシーで15分ほどの距離だが、正規の国境を越えることができない2人は、運び屋の手によって国境の山地に住むクルド人の村へと運ばれる。このあたりはかなり標高が高い。4月中旬でも山はかなりの雪で覆われている。2人はここから雪山を越えてトルコを目指す。国境を行き交う密輸業者たち。眼下にトルコの明かりが見えてくる。国境警備兵が彼らの姿を見つけたのか、威嚇射撃をする。
●トルコ
 雪まじりのトルコ東部の町。子どもたちが雪合戦をしている。ドウバヤズットの近辺だろうか。ここから2人は正規の長距離バスではなく、羊の乗ったトラックや貨物トラックに乗って移動する。というのも、トルコ東部ではトルコ軍兵士による検問が頻繁に行なわれているからだ。東部の住民の多くはクルド人。反政府活動を警戒することもある。またNATOの最前線ということもあるのだろう。いたるところにトルコ軍の基地があるのだ。だから東部で長距離バスに乗っていると、ひんぱんに銃を持った兵士がバスを止め、男性を全員バスの外に並ばせて所持品や身分証の検査をしている。これは外国人旅行者でも例外ではない。実際、銃を持った兵士たちはかなり高圧的な態度でクルド人にのぞんでいて嫌な感じだ。国境の町ドウバヤズットからイスタンブールまでは、直通バスでも24時間。2人はその倍以上の時間がかかっていることだろう。
 4月29日、やっと2人はイスタンブールに着く。アジアとヨーロッパのかけ橋となる町だ。ガイドブックの「アジア横断」の旅は終わるが、2人の旅はさらに続く。そしてそれはもっと過酷な旅になっていくのだ。(前原利行)
■関連映画
・イランにおけるアフガン難民を描いた作品 → 「少女の髪どめ」
・イランにおけるクルド人を描いた作品 → 「酔っぱらった馬の時間」
・トルコにおけるクルド人を描いた作品 → 「遥かなるクルディスタン」
・イギリスに住む移民を描いた作品 → 「ベッカムに恋して」(インド系・シク教徒)、「僕の国、パパの国」(パキスタン)、「ビューティフル・ピーブル」(パルカン諸国)

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