監督・脚本:ツァイ・ミンリャン 配給:プレノン・アッシュ 僕が大学生の頃、三軒茶屋には3つの個性的な名画座があった。ひとつは、今で言う単館ロードショー系の渋めの作品を上映するような映画館で、国道246沿いにあった。2つめはハリウッド系の作品が主で、客席が野球場の観客席みたいになっているちょっと変わった造りをした映画館。もうひとつは天井がやけに高いポルノ映画館で、ビニール皮革の座席はどことなくベタつき、独特の匂いを放っていた。いずれも2本立て、3本立ての興行で、安い料金でたくさんの映画を見たい人間にとってはハシゴもできるうれしい立地にあった。 その頃観た映画の記憶は日々薄れていくばかりだが、それぞれ映画館の雰囲気や、トイレや売店の場所は今でも鮮明に思い出せる。懐かしい友人の「顔」を思い出すように。つまりは、そこでたくさんの時間を過ごしたということなのだが、きっと映画ファンなら誰でもそんなお気に入りの映画館を持っているはず。 そのうち246沿いの映画館は潰れてしまい、残り2つは上映作品の傾向を変えながら未だに現役で活躍している。たぶん60年代?70年代はじめに建てられた彼らは、僕と同じくらいの歳か、それ以上の年月をサバイブしている。この時世、東京にそういった映画館がまだいくつか残っているのは奇跡的なことだと思う。 ツァイ・ミンリャンの間違いなく最高傑作である『楽日』は、映し出されては消えて行った数々の映画の残像と、それを映し出してきた映画館に捧げられたオマージュだ。 映画館が閉館される前の最後の一日を、スクリーンを通して我々も一緒に過ごす。するとどうだろう、台北に実際に存在していた「福和大戯院」という映画館の老齢な「顔」がはっきりと見えてくる。足の悪い受付嬢が「映画」という「光のドット」を全身で受けるシーンは、ため息がでるほど美しい場面だ。そして、映画史に記憶されるだろう圧巻のラストシーン。ツァイ監督はその古ぼけた巨大な映画館を骨董品のように美しく浮かび上がらせてしまう。スクリーンに映し出される無数の座席。あたかもスクリーンが鏡になって、我々観客が映し出されたような錯覚に陥る。 三軒茶屋の映画館の「顔」を思い出しながら、いつまでもその座席に座っていたいと思った。(カネコマサアキ ★★★★☆) 東京国際映画祭では『さらば龍門客桟』というタイトルで上映された。キン・フー監督の『龍門客桟』の邦題は『血闘龍門の宿』。 監督が少年の時に観たキン・フーの傑作『龍門客桟』をスクリーンに写し、その主演俳優を客席に座らせるという心憎い演出。ツァイ映画の父親役としておなじみのミャオ・ティエンはこの『龍門客桟』がデビュー作であり、そしてこの『楽日』が偶然にも最後の遺作になってしまった。合掌。
■楽日/不散

2003年/台湾
出演:チェン・シャンチー、リー・カンション、ミャオ・ティエン、三田村恭伸
上映時間:82分
公開:8月26日(土)、ユーロスペースにて
■ストーリー
土砂降りの雨の中たたずむ古びた映画館。スクリーンには古い武侠映画が映し出されている。客席には人影がまばら。若かりし頃の姿を見ながら思いを馳せる老俳優。楽屋裏の暗がりで駆け引きをするゲイ。いたずら好きな幽霊。掃除道具を抱えながら長い通路を往来する足の悪い受付の女。彼女の思いは映写技師に伝わるのか?この日を最後に取り壊されてしまう映画館で繰り広げられる人間模様。そして映画館が見せる最後の輝き。
■レヴュー
■関連情報
2003年ヴェネチア国際映画祭 国際批評家連盟賞受賞