監督/ハニ・アブ・アサド 配給/アップリンク 公開/3月10日より東京都写真美術館、アップリンクにて アカデミー賞にノミネートされると、自爆テロにより亡くなったイスラエル人遺族などから「テロを正当化する」とノミネート中止の抗議運動が起きた。が、本作を見れば、むしろその逆であることぐらい小学生でもわかるはずだ。これに限らないが、人から聞いた話だけで非難する輩が多いのはいかがなものか。結局、同年のアカデミー外国語映画賞を受賞したのは南アフリカ映画の『ツォツィ』だったが、個人的には出来はこちらのほうが上だと思う。
■パラダイス・ナウ/Paradise Now


2005年/フランス、ドイツ、オランダ、パレスチナ
出演/カイス・ネシフ、アリ・スリマン
上映時間/90分
公式HP/www.uplink.co.jp/paradisenow/
■ストーリー
イスラエル占領下のヨルダン川西岸の町ナブルス。周囲を塀や鉄条網、検問所に囲まれた陸の孤島のような場所だ。幼馴染の若者サイードとハーレドは、ここに住む他の人々と同様に未来も希望もなく、閉塞感の中で生きていた。そんな中、サイードはヨーロッパで教育を受けた女性スーハと出会う。彼女は英雄である「殉教者」の娘だった。ある日、2人は自分たちが次の自爆テロの 「殉教者 」に選ばれたことを知らされる。最後の夜を家族と過ごした後、ビデオカメラに向かって殉教の宣言をするサイード。髭が剃られ、髪が切られ、体に爆弾が巻かれる。しかしナブルスを囲むフェンスを越えたところで、計画が狂い出す。2人は離れ離れになり、計画は延期されるが、その間にスーハと会ったサイードは、自分の行動に疑問を抱き始めた…。
■レヴュー
この映画の主人公のように、自爆テロに志願する若者たちは未来を感じられない現在に絶望し、自分の死と引き換えに一日だけでもヒーローになれることを望む(デヴッド・ボウイの名曲「ヒーローズ」を僕は連想した)。そして占領下の生活に疲れ切った人々は、ハリウッド映画のように単純に善悪を求める。ナブルスのレンタルビデオ店では、娯楽映画と並んで殉教者の宣言ビデオが貸し出されているが、それよりも密告者の処刑ビデオが人気、というシーンがそれを象徴している。
しかし主人公サイードの心境は複雑だ。過去に父を密告者として処刑され、負い目をもって生きているサイードはだが、父は単なる悪人ではなく、そうした状況に追い込まれただけとも思っている。
また、サイードに思いを寄せる女性スーハは、欧米で教育を受けたこともあり、ナブルスに住むパレスチナ人とは別の視点をこの映画に持ち込む。彼女の父は「殉教者」であったが、それは少しも家族を幸せにはしなかった。また、世の中を変えるものでもなく、サイードのように現在も「殉教者」たちを生んでいる。武力以外の方法を探そうと、彼女はサイードに説く。
「殉教者は天国へ行ける」と組織の人間は、甘い言葉を若者に囁く。しかし所詮「天国はいま」と言うのは人間だ。神の名を語って人の心を揺さぶり、「神がお望みだ」というのは、何もイスラーム原理主義に限ったことではない。長い歴史の中でユダヤ教やキリスト教だって「神の名」を利用してきたし、オウムだってそうだ。神の名は異なるが、人間の手にかかればやっていることは同じなのだ。この映画の若者たちは、自発的に自爆テロに志願している。ただ、「組織」を考えると、そんな一途な気持ちだけではないということも作り手は知っている。地味ながらも、なかなか味わい深い作品だ。(★★★前原利行)
■関連情報
第63回ゴールデングローブ賞 最優秀外国語映画賞受賞
第55回ベルリン国際映画祭 観客賞受賞
第78回アカデミー賞 外国語映画賞ノミネート