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■名前のない少年、脚のない少女/OS FAMOSOS E OS DUENDES DA MORTE

ブラジルの出口のない田舎町で、少年は外の世界へ思いを募らせる
世界共通の思春期の閉塞感に、ネットを関連させたところが新鮮

2009年/ブラジル、フランス

監督:エズミール・フィーリョ
出演:エンリケ・ラレー、トゥアネ・エジェルス、イズマエル・カネッペレ

配給:アップリンク
公開:1月下旬より渋谷シアターイメージフォーラムにて
上映時間:101分
公式HP:www.uplink.co.jp/namaenonai

 
■ストーリー
 
ブラジル南部のドイツ移民の田舎の町で、少年は母と2人で暮らしている。学校にも地域にも、少しずつ馴染めなくなっている少年。 “ミスター・タンブリンマン”のハンドルネームでネットに投稿している少年は、ある日、都会に住むチャット仲間からボブ・ディランのライブに誘われる。しかし少年は、この町を出たことがなかった。ある日、町に青年ジュリアンがひっそりと戻ってくる。彼は恋人のジングル・ジャングルと自殺を図ったが、自分だけ生きのびてしまったのだ。ネット上には、そのジングル・ジャングルが生前に投稿していた映像が多く残されていた。少年は、その映像にひかれ、いつしか彼女と自分を同一視していく。そして、ジュリアンに自分をここから連れ出して欲しいと、願うようになる。
 
■レヴュー
 
ボブ・ディランの60年代の名曲「ミスター・タンブリンマン」を聴いたことがあるだろうか。“タンブリンマン”とはスラングでドラッグの売人という意味があるそうだが、この歌の中ではいくらでも解釈ができるような、イメージが次から次へと現れていき、“解答”というものはない。ただ、ハメルンの笛吹き男のようなタンブリンマンが“ここではないどこか”の世界に連れて行ってくれるという、本作のような「旅立ちの歌」としても聞こえることは確かだ。

都会から離れた田舎町。ドイツ移民の町という狭いコミュニティで暮らしている“名前のない少年”がいる。少年には、そろそろこの町は窮屈になり始めていた。インターネットを通じて外の世界を知り、ネット上の友だちもいるが、現実となるとまだ遠い存在だ。少年の部屋には60年代のボブ・ディランのポスターが貼られ、ネット上のハンドル名もディランの曲から取った名前だ。ネットの世界では、60年代も現在も同列の情報として入ってくる。少年が憧れている60年代のディランと、現在の老人となったディランは大きく違うだろう。少年はネットの友だちに、ディランのライブを観に行こうと誘われる。それは、過去の人物ではなく、“現在生きている”人物との対面だ。

少年が繰り返し見る映像がある。町を出て行って心中を図った少女ジングル・ジャングルが生前に残したプライベート映像だ。それを見ている限り、誰も彼女がもうすでにこの世にいないとは思わないだろう。現実の彼女は死んでしまったが、ネットの中では永久に生き続けているのだ。“脚のない少女”は脚がなくても、どこにでも行ける。死んでしまっても、ネットを通じて世界中の誰とも、触れ合うことができるということだろう。そして彼女の名は“ジングル・ジャングル”。「ミスター・タンブリンマン」の歌詞で繰り返されるフレーズのひとつだ。

ジングル・ジャングルを町から連れ出して心中を図り、自分だけ生き残ってしまって町に戻ってきた青年ジュリアン。彼は、死人のような表情をしており、夜にしか現れない幽霊のような存在だ。その革ジャン姿は、どことなく60年代のディランに似ている。いつしかジュリアンは、彼こそが自分を町から連れ出してくれる存在(タンブリンマン=ディラン)と思うようになっていく。

誰にも成長期に、旅立ちのときが訪れる。インターネットで、遠い世界の友人と会話をし、死者と共感する。しかしそれは現実ではない。少年は、いつかは現実世界で行動しなければならないのだ。(★★★☆前原利行)

 
■DVD情報
 
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