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既視感というのであろうか? この映画を観ながら、すっかり自分も高校生になっていた。決してカッコイイとはいえない平凡な高校生活の、日々抱いていた感情が、自分でも驚くほどリアルによみがえってきた。この映画に流れていたものは、まちがいなくかつて経験したことのある「風景」だった。
最後の文化祭のステージに向けて高校生たちが完全燃焼する、というあまりにも単純で普遍的なストーリーではあるが、そこは「どんてん生活」などで強烈 な異彩を放った山下敦弘監督である。一筋縄にはいかない。
特別な仕掛けがあるわけでもなく、ヒーロー、ヒロインが出てくる訳でもない。たわいもないギャグとか、ぎこちない友人との会話、校内に響くバンドの練 習音、夕立ち、白い雲、雑音が途切れふと現れる静寂、体育館のひんやりとした温度……。ひとつひとつの心理描写やディテールに徹底的にこだわり、瑞々しいティーンと、韓国のおとぼけ女優の力を借りながら、冷めているが実は熱い青春像、そこに流れているはずの空気感を忠実に再現している。
また、忘れてはいけないのは音楽映画の側面。はっぴいえんどの「風来坊」やユニコーンの「すばらしい日々」など、渋い曲も随所に散りばめており、元スマパンのジェームス・イハの静かな歪んだギター音は「風景」を誠実に盛り上げる。
ブルーハーツがお茶の間に登場した時、寸差で僕は高校を卒業していた。だから特別な思い入れはないけれど、ある時期の通過儀礼として、彼らの曲は歌い 継がれて行くだろうと思う。『ドブネズミみたいに美しくなりたい……』この詩には今でも勇気づけられるものがある。
そして何よりもあの「風景」が何十年経っても、世代を超えて相変わらず存在していることに、不思議な思いがする。(★★★★カネコマサアキ)
もう高校を25年も前に卒業してしまった僕だ。しかしこの映画を見ながら「変わってないじゃん! これホントに今の高校生?」と思ってしまった。そう思ったのは僕だけではなく、僕よりもずっと歳が下の人も同じことを言っていた。
てことはマスコミに報道されるような表面的なものを見て、「最近の高校生は…」と思いこんでいただけなのかもしれない。
冒頭。学園祭の記録ビデオを撮っているモテなさそうな男子高校生2人がいる。監督気取りだが、実はどうしていいかわからない少年、あれは僕だ。僕も高校時代に映
研で8ミリ持ってまったく同じことをしていた。体育館でまばらな観客を前にしてのバンドの演奏。あれも見たことがある。バンドが演奏していたのは、ディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」だったが。学祭前にバンド・メンバーが足を折り、困って代役を必至で探したのも僕だ(大学生の時だったが)。そして僕が在学していた中学・高校は「芝」で、この映画の「芝崎」とは1字違い。画面の校舎に「芝」と出た時、もう他人事と思えなくなってしまった。
自分の話ばかりでは申し訳ない。つまりそう思った人はたくさんいるはずで、そうした「ある、ある」感を多くの人が持てるということは、時代に関係ない十代の普遍的な要素を山下監督は見抜き、またそれを表現する力があるということだ。1カットが長く、アップが少ない引きの映像は、いつのまにか自分が主人公たちのそばにいるような気持ちにさせてくれる。ふつうは登場人物に共感するようにアップにするシーンを、同化するより友だちとして寄り添うような気分を選んでいるところがいい。ようやく最後のライブシーンで、ふつうの映画っぽいカット割りになったなあ、と気づいたほど。俳優たちの自然な演技も、日本映画の中では貴重だ。(★★★☆前原利行)
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