■春夏秋冬そして春

2003年/ドイツ=韓国
監督:キム・ギドク(『魚と寝る女』『悪い男』)
出演:オ・ヨンス、キムヨンミン、ソ・ジェギョン、キム・ジョンホ、ハ・ヨジン、キム・ギドク
配給:エス・ピー・オー
上映時間:102分
公開:10月30日(土)Bunkamuraにてロードショー
公式サイト:www.kimki-duk.jp/
■ストーリー
春。深い山間にある湖に浮かぶ小さな寺。そこに住む幼い小僧と老僧は自然と生き物に囲まれながら、穏やかな月日を過ごしている。小僧はある時、悪戯をし、小動物を殺してしまう。そして業を背負う。夏。小僧は青年になり、養生をしに街からやってきた少女に欲情する。そして執着が生まれる。秋。少女と出て行った青年僧が十数年ぶりに帰ってくる。自分を裏切った妻を殺した殺人犯として。老僧は青年の怒りを鎮めるように諭す。冬。刑務所を出所した男がまた戻ってくる。老僧は既に自死しており、壮年になった孤独な男の前に、赤子を背負った女が現れる。そして春がまた巡って来る……。
■レヴュー
舞台となる湖に浮かぶ寺は『魚と寝る女』に出てきた湖に浮かぶ小屋を思い出させるし、主人公が「閉」と言う文字が書かれた紙を顔に貼って自殺(窒息死)しようとする死に対する嗜好性も、実にキム・ギドクらしいのではあるが、以前の作品群とは随分と違う印象を受ける。
驚いたのは、視覚的なアイデアがとても豊かなことだ。例えば、老僧がネコのしっぽで達筆な般若心経の文字を書き、それを罪を犯した主人公が掘って美しい色に染めるシーン。ユーモアと真摯さを持ち合わせながら、高い芸術性があり、今までにない知的な興奮がある。
その変化を「洗練」とか「様式美」という言葉で説明していいのかもしれないが、それだけではない気もする。キム・ギドク映画の個性は登場人物の異常なまでの「劣等意識」や「執着心」にあると僕は思っているが、今回は「執着心を捨てる」という、非常に一般的な仏教観がテーマになっていて、監督自身が主人公の壮年期役を演じているところに注目したい。
『私は今まであまりにも激情的に生きてきたのではないか?』という監督の自問と反省の中からこの映画の構想が始まったそうである。監督自身に何が起きたのか知るすべもないが、主人公が劇中で般若心経の文字を削って心の平静を保って行ったように、監督自身もこの映画を作ることで癒されたかったのかもしれない。
移ろい行く季節に人生を重ねあわせ、幽玄の世界を完璧なまでに表現したこの作品で、キム監督は、東アジアに共通するような美意識と哲学を改めて提示してくれた。この映画が優れた作品であることには間違いないが、これがキム・ギドクの集大成なのか、新しい「季節」の始まりなのかは、ベルリン映画祭で銀熊賞を穫った次回作を見てみないと判断できないだろう。(★★★★カネコマサアキ)
人は業のもとに生まれ、欲から執着が生じ、それが満たされないと憎しみや怒りが現れる。人は誰しも心の平安を求めてやまないが、それがかなうのはいつのことか…。そうした願いを求めるかのように、抽象化された場所に人生を4つの季節に置き換え、話が進められていく。とはいえ決して難解ではなく、むしろわかりやすく単純化しているともいえる。こうした手法は60〜70年代の日本映画で観たような気がするが(手塚治虫の短編にもあったような)、今となっては逆に新鮮かもしれない。新作も早くみたい。(★★★☆前原利行)
■関連情報
日本では映画祭以外の公開作品が『魚と寝る女』『悪い男』など、まだまだ少ないキム・ギドク作品だが、1年に1本というハイペースで作品を撮り続け、現在「受取人不明」「コーストガード」などの過去作品の配給が決まっている。またこの『春夏秋冬そして春』に続く新作『サマリア』は、ベルリン映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞し、世界的な名監督の仲間入りをしつつある。