監督・脚本:ヤスミラ・ジュバニッチ 配給:アルバトロス・フィルム、ツイン 戦争の傷あとが残るサラエボで娘と生きる女性。しかし彼女には娘に隠している過去があった とくにこの物語の主人公であるエスマのようなムスリム人は、「民族浄化」の名のもとにセルビア人勢力により大きな迫害を受けた。本作には直接戦争の描写は出てこないものの、たびたび出てくる女性向けの集団セラピーのシーンに、その大きな傷あとが見えてくる。女性監督であるヤスミラ・ジュバニッチは、そんな心に傷を負った女性たちを優しく、静かに見つめている。彼女たちが自分から心を開くのを待っているように。 映画が進むにつれて、エスマが負った心の傷は男性に暴行を受けたことによることがわかってくる。それが収容所で敵の兵士たちによるもので、その結果娘のサラが生まれたことも。だからエスマは娘を愛する一方で、心の奥に閉じ込めた憎しみや怒りといった自分の感情を、娘が解き放つことも知っている。 ボスニアにはエスマと似たような傷を持つ女性が数多いという。しかしどんなことがあっても、子どもは未来へ向かっていくための希望だ。そんな決意が本作に込められている。苦しくとも過去の痛みを認めなければ、真の新しいスタートを切ることができないという点で。(★★★前原利行) ・ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争は1992年4月に、三民族の利害の対立や主導権争いから勃発。死者は約20万人、難民は200万人を超えた。紛争の原因の特定は難しいが、それ以前にはとくに深刻な民族紛争はなかったという。つまり独立に際し、セルビア人とクロアチア人が少数派になってしまうため、それぞれの本国の支援を受けて実効支配をすすめたのが原因といわれている。 ・民族紛争の中で、「民族浄化」の名のもとにジェノサイドが行われることはしばしばあるが、この国では三民族がほぼ混在していたので、生活圏で虐殺が行われた。このケースで特殊なのは、ムスリム人の女性を収容した先では、兵士たちによるレイプが行われただけではなく、意図的に妊娠させて子どもを出産させていたことだ。民族間の和解の芽を摘むためだというが、そのため女性が産むのを拒否して自殺したり、自分の子どもを殺したりすることもあったという。 ・同時期に公開されているドキュメンタリー『カルラのリスト』は、ボスニアで起きた大量虐殺を追う旧ユーゴ国際刑事法廷の検事カルラの活動を描いたもの。戦争犯罪人は、今もセルビアで匿わられて生きている。 ・紛争下のサラエボを描いた作品には『ウェルカム・トゥ・サラエボ』など名作が多いが、買い物に出た市民がセルビアの狙撃兵に次々と撃たれていくシーンが強いインパクトの『パーフェクト・サークル』は見て欲しい。もちろんエミール・クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』『ライフ・イズ・ミラクル』、タニス・ダノヴィチ監督の『ノーマンズ・ランド』も必見。この非情な戦争の内情が良くわかる。
■サラエボの花/Grbavica

2006年/ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、オーストリア、ドイツ、クロアチア
出演:ミリャナ・カラノヴィッチ(『パパは出張中!』『アンダーグラウンド』)、ルナ・ミヨヴィッチ、レオン・ルチェフ
公開:12月1日より岩波ホールにて
上映時間:95分
公式HP:www.saraebono-hana.com
復興に踏み出したボスニアの辛い過去と未来を描き、ベルリン国際映画祭で金熊賞に輝いた
■ストーリー
ボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都サラエボで、シングル・マザーのエスマは12歳の娘サラと2人で暮らしている。政府の補助金と裁縫で得るお金だけでは生活は厳しく、エスマは深夜までナイトクラブでウェイトレスとして働かねばならない。疲労が重なったエスマは、ときどき自分の感情をコントロールできなくなり、サラに対して辛くあたってしまう。また、彼女は過去の辛い記憶から男性恐怖症になっていた。一方、娘のサラは戦争で死んだという父親の死について疑問を持ち、エスマを問い詰める。戦死証明書があれば修学旅行の旅費が免除されるのに、エスマは何かと理由をつけて証明書を取ろうとしないからだ。実はエスマには娘には言えない、隠された過去があった。
■レヴュー
■映画の背景
・ボスニア・ヘルツェゴヴィナの現在の人口は約400万人。民族の内訳はイスラム教徒のムスリム人44%、セルビア正教徒のセルビア人が31%、カトリック教徒のクロアチア人が17%。三民族の言語は方言程度の違いしかなく、顔つきで区別することはできないという。
■関連情報
・本作は世界各地の映画賞を受賞したほか、2006年ベルリン国際映画祭でグランプリの金熊賞に輝いた。
■DVD情報