監督・脚本:ワン・ビン(王兵) 配給:ムヴィオラ 石と岩しかないような荒涼とした土地を耕す不毛な苦役と、食料不足による慢性的な飢えで、次々と男たちは倒れて行く。他人の吐瀉物(ゲロ)を食べてしまうほどの空腹とは一体どんなものだろうか。そんな壮絶な生活に目を背けてしまう一方で、男たちが狭い壕(穴蔵)を行き来する姿、その表層に何か不思議な魅力を感じてしまう。それは『鉄西区』の第一部「工場」内で労働者が行き交う姿を広角でとらえた映像にも通じるところだ。王兵の一連の作品は、カメラが小さな入り口から、窮屈な“暗部”に潜り、そこから再び外へ出るような運動がよく観られる。それは、どこか胸の内の秘め事を吐露するような行為に似ていると思う。 王兵監督には『無言歌』と対をなすような『名前のない男』(‘09)という作品がある。舞台は現代の中国。浮浪者のような一人の男が、穴蔵のような所に居を構え、自給自足する姿を追ったドキュメンタリー風の作品だ。男の姿は「3.11」の後では、来るべき未来像にも見えてしまったのだが、グローバル経済、市場経済の生み出した貧困、あるいは共産党政権のもたらした被害者なのだろう、と最初は高を括って観ていた。しかし、徐々にその考えが一面的なものであることに気づかされる。浮浪者風の男は、すばらしい手つきで農作物を育てあげ、充足感さえ見せる。技術ある農民なのか、本当に浮浪者なのかわからなくなり、また、何者からも束縛されない「自由」を謳歌してるようにも見えるのだ。 王兵監督のその冷徹な眼差し・ラディカルな批評精神は、中共政府だけに向けられている訳ではなさそうだ。それは人類の歴史の中で、あるいは、異なる社会システムの中で、普遍性を持ちうる。日本の政治システムが、現在の中国と大して差がないという事実は、哀しいかな、「3.11」、そして原発事故が十分すぎるほど証明してしまっている。(カネコマサアキ★★★★) 2010年ベネチア国際映画祭サプライズ・フィルム 第11回東京フィルメックスでは『溝』というタイトルで上映された。
■無言歌/夾辺溝

(c)2010 WIL PRODUCTIONS LES FILMS DE L’E'TRANGER and ENTRE CHIEN ET LOUP
2010年/香港・ベルギー・フランス
出演:ルウ・イエ(廬野)、シュー・ツェンツー(徐岑子)、ヤン・ハオユー(楊浩宇)、リー・シャンニェン(李祥年)
上映時間:109分
公開:12月17日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
公式サイト:http://mugonka.com/
■ストーリー
1960年、10月。中国西部甘粛省にある夾辺溝労働教育農場。砂埃の舞う荒涼とした地で、隊長のチャオ(趙)が、男たちをそれぞれの壕に振り分けて行く。彼らは毛沢東らによって「反革命分子」の烙印を押された“右派分子”と呼ばれる知識人たちで、労働によって思想を改造する「労働改造」を命じられているのだ。だが、そこは農場とは名ばかりの過酷な“収容所”だった。
■レヴュー
山形国際ドキュメンタリー映画祭で『鉄西区』と『鳳鳴 中国の記憶』の2作で大賞をとったことで知られる王兵(ワン・ビン)の初長編劇映画である。毛沢東が提唱した「百家争鳴・百家斉放」により自由な批判を許された知識人たちが、翌年“右派分子”というレッテルを貼られ、労働改造に送られたという、いわゆる「反右派闘争」を扱っている。(文化大革命の前哨戦といったところか)
■関連事項
2011年ラスバルマス国際映画祭 観客賞・特別審査員賞・カトリック映画賞