| ■ノー・マンズ・ランド NO MAN'S LAND |
2001年/フランス=イタリア=ベルギー=イギリス=スロヴェニア(共同製作者・出資者の所在国)/シネマスコープ
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監督・脚本・音楽:ダニス・タノヴィッチ
撮影監督:ウォルター・ヴァンデン・エンデ
(「トト・ザ・ヒーロー」、「八日目」)
出演:ブランコ・ジュリッチ
レネ・ビトラヤツ
フィリプ・ショヴァゴヴィッチ
カトリン・カートリッジ
(「ビフォア・ザ・レイン」「奇跡の海」)
サイモン・カロウ(「眺めのいい部屋」
「恋におちたシェイクスピア」)
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1993年、紛争中のボスニアとセルビアの中間地帯<ノー ・マンズ ・ランド>で、皮肉とユーモアを交えながら展開される悲喜劇。世界の縮図がここにあり、痛烈なメッセージが心に残る。
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| ■ストーリー |
| 紛争の中間地帯の塹壕で出くわした両軍の兵士が憎み、争い、話し、笑う。そんな彼らを救おうとする国連防護軍兵士と地雷処理班、そしてそれを報道するマスコミの対応とその結末は……。 |
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| ■戦争映画はもういいよ、という人のための雑談レヴュー |
今野「あの面白さはなんなんだろう」
竹内「戦争映画なのに全然暗くない」
前原「基本的には風刺コメディーだと思うんだけどさ」
今野「また設定が昔じゃなく、つい何年か前、テレビでやってたあれかっていうナマな感じがある」
竹内「特に監督や主人公の二人にとっては自分たちのことだから……」
前原「シリアスにやろうと思えば、いくらでもできるのにね。あと、特にヨーロッパで賞取りまくってるっていうのは、みんなある種、自虐的に楽しんでるっていうのもあるんじゃない?」
竹内「私、監督の来日記者会見に行ったんですよ。どんな人なんだろうって思ってたら、なんか結構暗めの人だったんですよぉ。かなり真面目っていうか、シニカルなところもあるんですけど、ほんとに戦争や自分達の国のことについて結構語って、こういう面白い話を書いた人っていう印象は受けなかったんですよね。セルビア人のプロデューサーが『よく自分を使ってくれた』ってボスニア人の監督に言ってましたけど」
前原「ところで、紛争中の旧ユーゴ舞台の『アンダー・グラウンド』っていう映画観た? あれもそういうブラックなコメディーなんだけど」
今野「伝統なのかな? でも、戦争の無意味さを描いた傑作は他にもたくさんあるんだけど、実際の戦争・紛争にはなんの影響もなくて、そういう争い事は場所を変え、絶えず続いてるっていう無力感ていうか、それは映画だけじゃなくて、あらゆるメディアがこれだけ騒いでも、なんだ結局あんまり影響力ないんだなっていう気がしちゃう」
竹内「私達は実際の戦争体験がないから映画とかで観るしかないんだけど、よくある戦争映画だと非日常の世界を生々しく感じきれないところがある。でも、こういうタッチで描かれると割りと日常っぽいじゃないですか? それでその世界に入っていけて、実際にそこにある非日常の狂気を感じられた気がする」
今野「直接の戦争体験はなくても、前に旅行で行ってたところが物凄い戦場になってたりっていうのは意外とあるんですよ。'90年に僕が旅行した時、ちょっと一服したサラエヴォのHoliday Innが、映画の会話の中にも出てくるんだけど、その後戦場のプレスセンターみたいになってたりしてね。だから、なんとなく身近に感じられなくもないんだけど……、どうするの?ってね。列車で乗り合わせた兵隊さんの足が臭くて窓開けたのとか覚えてるもん。周りの国に比べて物価が高いって文句言ったら、日本の物価を聞き返されて何も言えなかったりして」
前原「あのへんだけ意外と英語が通じるんだよね。そりゃ、人によるけど」
今野「あーっ、西側に来たって思うんですよね。まだ東欧なわけなんだけど」
前原「映画の話に戻るけど、前半の塹壕で出くわした二人のドラマより、途中から国連やマスコミとか周りを巻き込んで話が広がっていくところのほうが面白かった。出てくる周りの国の人達がいかに役に立たなかったかっていうことを際立たせたかったのかなってね。国連やマスコミへの批判ていうかさ」
竹内「ほんとになんにもできないんですよね」
前原「一番笑ったのは爆弾処理班のドイツ人。彼が時間きっかりに来たところ」
今野「前線の兵士が新聞読んで『ルワンダは大変なことになってるぞ』って言うのもありましたよね。自分達も戦争してるのに。あと、敵同士なのに同じ知り合いがいるっていうのもリアルでした」
前原「紛争中の旧ユーゴを舞台にした映画では『パーフェクト・サークル』とか『ウェルカム・トゥ・サラエボ』っていうのが両方ともいいけどね。あと『アンダー・グラウンド』も」
竹内「あれ私3回くらいビデオで挑戦してるんですけど、いつも途中で寝ちゃうんですよね」
前原「ビデオだとね。3時間くらいあるからね」
今野「俺は映画館でも寝ましたけど。でもそうすると映画は実際の紛争の解決や抑制になんの役にも立ってないどころか、そうした悲惨な出来事をかっこうのネタにしてるっていうのがなんともいえないですよね。映画の無力さっていうか、特ダネ利益優先のマスコミを皮肉ってるその映画自体が結局エンターテイメント以上のものには成りえていないっていうことだから。また、終わりにふさわしくないこと言っちゃったけど」
前原「最後に何かありますか?」
今野「是非御覧下さいっていうことですよ。★★★★☆です」
前原「僕は★★★☆くらい」
今野「信じられん」
竹内「私的にも★★★…☆くらい」
今野「えっ?」
竹内「私は面白いって思ったら★★★だから」
今野「そうなの? この映画は僕の中では『ライフ・イズ・ビューティフル』級なんだけど」
前原「僕それ★★★くらい。ベニーニがね……」
今野「信じられん。まぁ、あの芸風には好きずきあるかもしれないけど」
竹内「あれ私は★★★★」
(採録・今野雅夫)
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| ■映画の背景 Behind the Movie■ |
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ボスニア・ヘルツェゴヴィナ生まれのダニス・タノヴィッチ監督('69年〜)は、1992年に勃発したボスニア紛争の当事者であり、戦時中は最前線で300時間以上の戦地の映像を撮影しており、その映像は世界中で放映された。'94年にベルギーに渡り、映画を学ぶ。本作はそんな監督の長編劇映画デビュー作。
ボスニアはムスリム人(4割強)とセルビア人(3割強)、クロアチア人(2割弱)の複合国家だが、それぞれの話す言葉や見かけも全く変わらず、特に都市部では異民族結婚も進んでいた。それが、80年代後半から、民族主義を煽る政治家たちにより亀裂が生じてくる。'92年から、セルビアとクロアチアの両勢力はボスニア領土の9割を分割支配、その領土拡大・維持のため20数万人が死ね。その解決に国際社会(国連軍)は無力だった。'95年、米軍中心のNATO軍によるセルビア勢力に対する空爆の末、米国主導でセルビア勢力とムスリム・クロアチア勢力に領土を分割、それぞれ自治政府を持ちながらも統一国家となる。現在はNATO軍の警備のもと、双方の行き来は自由にできるようになってきた。ただ、国連安保理を無視したセルビアへの空爆は以後、コソボやアフガンへの空爆の前例となった。 |
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| ■関連情報 |
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・ボスニア・ヘルツェコビナ外務省情報
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/bosnia_h/index.html
関連ホームページ
監督とプロデューサーの来日記者会見の模様('01年11月)を竹内詠味子さんが書いています
→http://kawara-ban.plaza.gaiax.com/02/02012301.html
チャーリー・シーン出演の同名のアメリカ映画('87)があるが、それは自動車泥棒のボスと潜入警官の友情と宿命の対決を描いた全くの別物なので注意!? |
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