| ■母と娘/ANAK |
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2000年/フィリピン
監督:ロリー・B・キントス
出演:ヴィルマ・サントス、
クラウディン・バレット
配給:オフィスサンマルサン
上映時間:120分
公開:終了
第73回アカデミー賞「外国映画部門」フィリピン公式出品作品
アジアフォーカス・福岡映画祭2001、2001東京国際女性映画祭招待作品
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| ■ストーリー |
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| 香港で住み込みの家政婦として働いていたジョシーが、6年の契約を終えマニラへ帰ってきた。これからようやく家族と水入らずの生活ができるのだ。しかし6年の歳月は彼女と3人の子どもの間に、越え難い溝を作っていた。長女のカーラは父親の事故死の際にも帰国しなかった母を憎んでいた。私立高校に通う長男のマイケルは、成績不良で奨学金を取り消されたことを言い出せない。生活のために1人香港で働かざるを得なかったジョシーの気持ちを理解するどころか、長女カーラは反抗心をつのらせ家を飛び出す。 |
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| ■レヴュー |
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『母と娘』というタイトル、そして「子どもに捧げた母の歳月」というコピー。このベタな宣伝に、多くの人(とくに若年層)は観るという意欲がサーっと引いてしまうのではないだろうか。僕も「ベタベタなお涙ちょうだいものだったらイヤだなあ」と思いつつ、試写室に足を運んだ。ある意味非常にわかりやすくストーリーは進行し、洗練された演出とはいい難いが、それがアザとくは感じなかった。そして最後にはいつのまにか主人公のジョシーに感情移入して、泣けている自分がいた。気がつくと試写室もハンカチで目を押さえる女性陣でいっぱいだった。
この映画では実際に海外で働く契約労働者たちを取材し、実話をもとにストーリーが作られたという。ある家政婦は帰国してみると、夫はバクチと酒に明け暮れ、息子は売春夫になっている。この映画の主人公の娘も、男たちと刹那的な関係を持ち、中絶もしている。また当てつけで、好きでもない男を自分の部屋のベッドに誘い込んで母親に見せつけたりもする。幸せな生活を期待して帰国しても、目の前には自分がいなかった空白の代償が待ち受けていたのだ。
物語の主軸は親子の問題だが、この映画はその背景に海外で働くフィリピン女性たちが抱える問題を描いている「社会派」作品でもある。主人公のジョシーが再び香港へ戻る許可を申請しに行くシーンがある。待合室には自分の番を待っている多くの人々がいる。「ここには海外へ行きたい多くの人が待っている。1回目、2回目、3回目はお金のためだろう。しかし4回目、5回目はお金のためだけだろうか」というセリフがある。長く海外へ行っている間に、母国に自分の居場所がなくなってしまった人もいるはずだ。またこんなセリフも彼女たちの本音だろう。
「男性が家族のために海外へ働きに出かけ、何年も働いて仕送りを続ければ立派な父親と言われる。しかし女性が同じことをしても、立派な母親だとは言われない」。「この国に仕事があれば、私も家族のそばにいたかった...」。お金が欲しいから(必要だから)海外へ働きに出かけるが、何も好き好んでわざわざ外国へ行くわけではないのだ。そのあたりの私たち日本人に察しにくい気持ちが、この映画ではよく理解できる。
また、ジョシーが自分の夫の葬儀に出れなかった理由が、最初は強引すぎるような気がした。香港人の雇い主一家が4週間のバカンスに出かける際、ジョシーが逃げられないようにパスポートを取り上げた上、家のカギを外から閉めて閉じ込めていった(電話も止めて)のだ。ただし実話ベースなので、実際にそんな無茶(というか虐待)をする香港人もいるのかもしれない。
★★★☆(前原利行)

この数カ月、試写で観た映画の中で、久々のアタリ映画。子役の女の子が泣いたり笑ったりするたびに泣ける。香港旅行中の日曜日、香港島・セントラル駅近くの公園に「どうしたの?」というくらい集まっているのを見かけたフィリピン女性たちを思い出すとまた泣ける。娘のほうが、少しモニカ・ベルッチ風なのもお楽しみに(誉め過ぎか?)。勝ち気でパワフルな女性陣に対し、気弱な男性陣にも好感がもてる。
子供のためを思って親がすることの大半は見当違いで、子供自身にとっては決して一番に望んでいるものではない。逆に、親の心子知らずというのも万国共通のようなので、家族をおいて遠くで働くこともなく、またそんな身内がいなくても涙なしには観れない映画。そんな経験があった日にはもう……。
★★★★(今野)
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| ■関連情報 |
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ある年代の方ならこの映画の原題が「ANAK」と聞いて、70年代に日本でも杉田二郎や加藤登紀子にカバーされてヒットした同名の曲が浮かぶだろう。この映画のテーマ曲である「ANAK(アナック)」はフィリピンのシンガー・ソングライターであるフレディ・アギラーの大ヒット曲。子どもを得た喜び、そして子が親の期待に反する道を歩んでいく悲しみ、そして傷つき家に戻って来た子を迎え入れるという、世界共通の普遍的なテーマ(聖書の「放蕩息子の帰還」の逸話にもさかのぼる)が、世界50カ国でカバーされた要因だろう。子を持つ親なら、この歌詞にはジーンとくるはずだ。また主演のヴィルマ・サントスはフィリピンを代表する女優だけでなく、現在はマニラ近郊のリパ市の市長を勤めているという。この映画はフィリピン映画としては『ホセ・リサール』に続いて本格的日本公開される2作目。
本作は、フィリピンですべての興行記録を塗り替えるほど大ヒットし、全人口(7650万人)と同じ数の人が観たという。また、フィリピンでは多くの女性監督が活躍しているが、本作もテレビ出身の女性監督('62年生まれ)による。 |
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| ■映画の背景 |
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| フィリピンの人口の1割、労働人口の2割の600万人あまりが海外で働く契約労働者OCW(Overseas Contract Worker)で、その6割が女性という。女性の多くは家政婦として香港、シンガポール、台湾といったアジア各地ばかりでなく、イタリアやギリシアでも働いているという。なかには劣悪な環境下で働かざるをえないこともある。95年にはUAEで雇い主に暴行された家政婦が、雇い主を刺殺して死刑判決を受けたという事件も起きた。この時にはフィリピン国内の世論が沸騰し、大規模な抗議、嘆願運動が起きた。フィリピン国民にとっては、OCWの問題は自分にも、そして親族に必ず1人はいるような身近な問題なのだ。日曜日の香港島を訪れた人なら、広場に集まる多くのフィリピン人を見かけたことがあるかもしれない。この作品でロケされているスタチュー・スクエアには、毎日曜に情報交換のため2万人ものフィリピン人(ほとんどが女性)が集まっている。 |
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