| ■D.I./Divine Intervention |
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| ■ストーリー |
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エリアの父が住むイスラエルのナザレ。この町には少しおかしな隣人たちが住んでいる。バスが来ないバス停に立ち続ける男。ガラス瓶を屋上に集める老人。この老人は家の前の道路をスキあらば壊している。これをただ眺めているヒマな老人コンビがいる。ゴミ袋を隣家に投げ込むのを日課とする男もいる。ある日その父が心臓発作で倒れ、エリアは住んでいるエルサレムからナザレの病院へ駆けつける。命は取り留めたものの、父には看病が必要。問題はパレスチナ自治区に住むエリアの恋人だ。彼女はイスラエル側に入ることができないので、デートは検問所の駐車場でするしかない。果たして2人はこの検問所を越えて、愛しあうことができるのだろうか。
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| ■レヴュー |
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映画はナザレの町を見下ろす丘を、サンタクロースの衣装を着た男が子どもたち(パレスチナ人)に追われて逃げるシーンから始まる。ナザレはイエス・キリストが暮らしていた所として知られている町だ。プレゼントがサンタの背中の袋からこぼれるが、子どもたちは見向きもしない。石を投げられ、あげくの果てには胸にナイフを突き立てられるサンタ。
現在のパレスチナ状況を象徴するようなエピソードに続き、映画の前半はイスラエルのナザレを舞台に話が進む。というか、これといったストーリーの進行はなく、エリアの父の隣人たちの小さなエピソードが淡々と積み重ねられる。後半、この作品の監督であるエリア・スレイマン演じる主人公エリアが登場。「ジャック・タチを思わせる」と海外で評されたように、彼はバスターキートンのように終始無表情で、セリフもなく、相も変わらず淡々と映画は進行していく。しかし、ところどころクスりと笑いはするのだが、コメディとしてはハジけてなく、どうも不完全燃焼気味。日本人にはなじみが薄い「諷刺劇」の色が濃いせいか。
ひとつひとつのシークエンスは、単に笑いが目的というだけでなく、十分深読みができるような内容になっているのは確かにわかる。アラファト議長の顔がプリントされた赤い風船が検問所を越え、エルサレムの3大宗教施設の上を飛んだりとか。ただ、それらがどうもパワー不足のせいか、頭でっかちな感じがする。あとは笑いの感性の差。この作品がフランスでは評価されたといっても、フランスのコメディの大半が笑えない僕にとっては(『Taxi』とか本当に面白い?)、「はあ、そうですか」てな感じ。観光客が警官に「エルサレムの旧市街へ行きたい」と道を尋ねると、警官が道がわからず護送中のパレスチナ人に助けを求めるギャグなんかの方が単純に面白い(これも見どころが多い旧市街にパレスチナ人が多く住むという、背景があるのだが)
。ただしラストのCGを使ったニンジャ・バトル。おかしいというより、その唐突さに唖然とすることにまちがいナシ。
★★☆(前原利行) |
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| ■関連情報 |
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2002年のカンヌ映画祭で審査員賞と国際批評家連盟賞を受賞した話題作。ただし米国のアカデミー賞には申請手続きが問題でノミネートの候補にすらあげられなかった(そのことが皮肉にも話題を呼ぶことになった)。きっとラストに繰り広げられる、ニンジャ・パレスチナ女性兵士がマトリックス風にイスラエル軍狙撃部隊をバタバタ倒すのが、お気に召さなかったのかもしれない。日本公開タイトルの『D.I.』とは、英語タイトルの「Divine Intervention」の略。
「Divine Intervention」とは「神の仲裁」、「神のお助け」などの意味があるらしい。さらに辞書を引くと「Intervention」には「干渉」「調停」の意味があり、「武力干渉」「平和調停」などの言葉に使われることから、パレスチナ問題に対する皮肉がこのタイトルに込められているのだろう。
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| ■映画の背景 |
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映画のおもな舞台になるのはイスラエル側のナザレと、イスラエル占領下の東エルサレム、そしてパレスチナ自治区との検問所。私たち外国人にとってなんなく越えられる検問所も、パレスチナ自治区に住むパレスチナ人にとっては高い壁だ。
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