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■アフガン・アルファベット/Afghan Alphabet
製作年/製作国:2002年/イラン

監督・脚本・撮影:モフセン・マフバルバフ

配給:オフィスサンマルサン
上映時間:46分
 
■レヴュー&ストーリー
 
 『カンダハール』に続くマフバルバフ監督の新作はドキュメンタリー。イランにあるアフガン難民キャンプでの、子どもたちへの教育活動の実体を描いた作品だが、相変わらずのマフマルバフ節は健在!

 2001年10月、アフガニスタンとの国境も近い、イランのザーヘダーン近郊の難民キャンプ。女子小学校では、最初の授業が始まり、「水」という単語を習っている。「水」は「ab」といい、アルファベットの最初の2音、「A」と「B」から成り立つ。「AB(アーベ)!、AB(アーベ)!」と合唱する子どもたち。一方男の子たちの大教室。ここでは、身分証のない子どもたちは教室に入れず、外から見学するしかない。再び女子小学校。決してブルカを脱がない少女がいる。人前で顔を見せるのは罪だと言うのだ。友だちが説得しても、頑として顔を見せない。彼女は、導師(ムッラー)であった、死んだ父親の教えを裏切りたくない。
 

 わずか46分、しかもドキュメンタリー。マフバルバフ監督のファンでも、観に行くのはどうかなと思うかもしれない。しかしご安心を。ドキュメンタリーといっても、どこを切ってもマフマルバフのタッチなのだ。実際、この作品を観ているうちに、「これってドキュメンタリーだったっけ?」と思うこともしばしば。それはヤラせという意味ではなく、彼の強いメッセージが他の作品同様、フィルムの端々に現れているからだろう。そう、彼は詩人でもあるが、まず表現したい「痛烈な何か」がある人なのだ。そのためには、撮影現場では決して「いい人」ではないことが、他の劇映画のプロダクションノートなどに書かれている。素人からプロ以上のリアリティを引出すために(彼はプロの俳優をあまり使わない)、さまざまな感情コントロールを行なっているらしい。こう書くと、「嫌〜な人」のように思えるが、またそれが最大の効果を出しているのだから、感服せざるを得ない。

 このドキュメンタリーでは、小学校でアルファベットを習う子どもたちと対照的に、モスクでコーランを学ぶ子どもたちへのインタビューが含まれている。マフマルバフは「神って何?」「神はどこにいるの?」「神はどんな姿?」などと、大人でも答えられないようなイジワルな質問を子どもたちに投げかける。当然、子どもたちにスラスラと答えられるわけがない。ここには、「宗教に対する盲目的な服従」への批判が含まれていることは明らかだ。監督は『カンダハール』のユネスコでの受賞スピーチで、「世界のどこよりもこの国では神の名が語られるというのに、この国では神にさえ見放されているかのようです」という、原理主義に対する批判ともとれる発言をしている。

 後半のヤマ場とも言えるのが、少女がブルカを脱ぐかどうかというシーンだ。マフマルバフは執拗に少女にカメラを向ける。ここではこちらの方がつい、「かわいそうだから、許してやれよ。ブルカぐらい」と言いたくなるほど。少女が顔を見せないのは、イスラムの教えということだけではなく、亡き父への強い思いがあるからだ。しかしマフマルバフにとっては、その「ブルカぐらい」が最初の重要な一歩でなのだ。だから少女がブルカから顔を見せるラストのストップモーションも、安易な感動を私たちには伝えない。「かわいそうだから、やめる」なんて気持ちでは、いつまでも教育はすすまない。そして「無知」を何よりも将来を阻むものとして糾弾するマフバルバフにとって、それは乗り越えるべき大きな壁なのだ。また、そうした厳しい一面と、「もし空がもう少しだけ大地にやさしくて、爆弾の代わりに雨が降ったなら…」という詩人としてのナレーションが共存するのが、マフマルバフ映画の大きな魅力である。
★★★(前原利行)


 この映画の中に観られる監督の執拗な姿勢は、アフガニスタンの伝統文化・慣習を尊重していないように見える。それは例えば監督の著書『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』の訳者の方も、そのあとがきで監督に共感しかねる部分として、「部族的」な文化を否定的にしか見ていない点や「ブルカを抑圧の象徴として一方的に断罪する姿勢」をあげている。そして、「いわゆる欧米的な偏見を免れていないように思える」とまで述べる。しかし、『カンダハール』の取材中、アフガン東部(ヘラートの街など)で飢餓に苦しみ死んでいった人々を目の当たりにした監督にとって、ブルカはやはり抑圧と無知の象徴に他ならない。そんなことだから、そんな因習にいつまでも捕われているから、教育がないから、内戦は続き、ターリバーンが生まれ、爆撃を受け、飢饉に対抗するすべも持てずに殺されていくんだという強烈な確信に満ちている。本作の収益はすべて『カンダハール』と同様、監督が作ったNGO=ACEMアフガン子ども教育運動に寄付される。
★★★☆(今野雅夫)

 
■映画の背景 Behind the Movie■
 
 '80年代のソ連との戦争や、その後の内戦により人口2000万人とされるアフガニスタンでは250〜300万人が死に、400〜650万とも言われる難民が流出した(うち、イランへは約250〜300万人)。ターリバーンは'94年にカンダハールを占領し、飢餓に苦しむ子供たちは食事が支給される神学校で「教育」され、ターリバーン軍の一員となっていた。ターリバーン支配地域では、映画・テレビ・写真・音楽は禁止され、女性にとって全身を覆うブルカの着用は義務、外出も厳しく制限され、就学・就労の権利もなかった。ただ、問題なのはターリバーン支配以前にも学校に通う機会を持てたのが男子で20%、女子は5%に過ぎなかったということ。'01年10〜11月には「テロ撲滅」を掲げた米軍の武力侵攻が国内各地で行われ、ターリバーン政権崩壊。同12月、アフガン暫定政府の大統領にハミド・カルザイが指名される。'02年1月に東京で行われたアフガン復興支援国際会議により、総額が45億ドル以上に及ぶ復興資金の目処が立つ。同6月、国民大会議が開かれ、閣僚の編成でもめつつも発表され、再建に向けて動き出している。

 監督自らの働きかけにより、イラン国内で身分証のない不法滞在のアフガン難民の子供達の学校登録が許可された。
 

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