『奇跡の海』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で、それぞれカンヌ国際映画祭のグランプリとパルムドールを制したラース・フォン・トリアー監督。いまや世界の巨匠だが、本作はそのキャリア初期の『エレメント・オブ・クライム』や『キングダム』にも通じる、アンダーグラウンドなホラー趣味全開の異色作だ。ホラー映画と言い切ってもいいだろう。
『ドッグヴィル』で全開したトリアー監督の人間不信は、この作品にも引き継がれている。彼の作品世界には、ただ善良な人間はいない。本作も幼い息子を亡くした夫婦が心の傷を癒す映画かと思っていると、不意打ちを食らうだろう。山小屋へ向かう途中で、出産途中の鹿に出くわすグロテスクなシーンがそうだ。このあたりから、映画に不気味な雰囲気が漂い始め、キツネが夫に話しかけるなど、ようやくこれが一種のホラー映画であることに気づく。
とはいえ、本作はショックやサスペンスを主体とした、アトラクション的なホラーとはまったく違う。映画に流れ続ける低音のノイズといい、その不可解さのテイストは、たとえていえばデビッド・リンチの作品に通じるだろう。常軌を逸した妻の激しいセックスシーンと、血まみれのバイオレンスと、オカルトが一体となり、私たちの神経を逆なでする。シャルロット・ゲンズブールは「何もそこまで」と言いたくなるほど、全裸で気のふれた妻を熱演し、夫のデフォーはただ、受身に徹するしかない。夫が屋根裏部屋で見つけた、妻が1年前に書いていた論文用のノートの筆跡が徐々に乱れていくのは、『シャイニング』で妻が夫のタイプ原稿を見つけた時をほうふつさせ、ゾっとする。果たして、妻は最初から狂っていたのか。
そのあと、見ていて“痛い”シーンが続く。アクションやスプラッター映画で、腕を切り落とされても痛さは感じないが、ここで夫デフォーが受ける痛さは、『ミザリー』をリアルにした感じ。後味も悪い。不快な映画といえばそうなのだが、気持ち良くさせてくれるだけが、映画ではない。もう一度、見返すことはないかもしれないし、絶対DVDを買ってみたい映画ではないが、観たあとは、しばらくこの映画のことが頭から離れられなくなた。(★★★★前原利行)