監督:ウェイン・ワン(『スモーク』『夜明けのスローボート』『メイド・イン・マッハッタン』) 配給:東京テアトル 本作の主人公シー氏の心配といえば一人娘の幸せだけ。しかし親の干渉は娘にはうっとうしい。シー氏はバリバリの共産主義信奉者。文化大革命時に批判されたシー氏の父親の話が出てくるが、シー氏はそんな父親に反発するためか、あるいは忠誠を示すために共産主義を信奉したのだろう。かといってもガチガチの人間ではない。外交的で穏やか。英語がうまくなくてもすぐに人と打ち解ける。しかしそんな彼も、娘とはうまく本音で話すことができない。いや、彼はそうしたいのだが、娘がそれを拒んでいるのだ。話が進むうちに、どうやら娘は中国では感情を押し殺して生きていたことがわかってくる。アメリカに来て言語が変わり、それまでと違った自分を発見し開放的になったのだ。しかしシー氏にとって、それは娘の別の顔であり、彼女が家で我慢していたとは露ほどにも思っていなかったからショックだ。それに古いモラルの持ち主であるシー氏にとっては、娘の離婚は大変なことであり、また再婚もすぐにすべき問題なのだ。 自分が思う「モラルの中で生きることが娘の幸せ」と思うシー氏はまた、外面はいいが家庭では娘の気持ちもわからない父親だ。身内に対して、つい厳しい目で見てしまうことはよくある。他人に対しては許せることでも、身内に対しては許せない。そんな2人に和解は訪れるのか。それにはこの作品のタイトルにもなっている中国のことわざが、ヒントとして途中で出てくる。「同じ舟に乗り合わせるなら百世もの前世の縁がある、枕を共にして寝るならば千世の縁がある」。つまり、「今この世の中でつながっている人とは、ただ知り合った人ではなく、過去に縁があったから。過去に何百も縁がある人ならば、たとえこの世で多少ひびが入っても、それは必ず修復できるはず」と。この父子の関係もきっとそうなのだと、映画は暗示している。(★★★前原利行)
■千年の祈り/A Thousand Years of Good Prayers
アメリカに住む娘を訪ね、北京からやってきた父親
わだかまりを抱えた関係が、修復を迎える時は来るのか
出演:フェイ・ユー(『ジョイ・ラック・クラブ』『アンディ・ラウ/天興地』)、ヘンリー・オー(『ラスト・エンペラー』『シャンハイ・ヌーン』)、ヴィダ・ガレマニ
公開:11月14日より恵比寿ガーデンシネマにて
上映時間:83分
公式HP:sennen-inori.eiga.com
■ストーリー
アメリカの地方都市に住む娘のイーランに会いに、父のシー氏がやってきた。妻に先立たれ、仕事も引退したシー氏の唯一の気がかりは、離婚して一人暮らしをしているイーランだ。とはいえ、再会は12年ぶり。娘が仕事に出かけたあと、シー氏は自慢のご馳走を作り、毎晩娘の帰宅を待つが、食卓には沈黙が。英語は片言のシー氏だが、積極的に近所の人々と交流を図る。なかでも公園のベンチで出会う裕福そうなイラン人マダムとは、ときに中国語とペルシャ語が混じりながらも、心が通じ合う。その一方で、思う気持ちは強いのだが、シー氏は娘にはそれをうまく伝えることが出来ない。やがて娘はシー氏に離婚の真相を語りだす。
■レヴュー
『スモーク』といったインディーズ系の小品を作る一方、『チャイニーズ・ボックス』や『地上より何処かで』といったハリウッド映画も作るウェイン・ワン監督。本作は登場人物もわずか、舞台も限られた範囲内といった感じの小品で、知らなければ小さなインディーズ作品で、とてもハリウッド映画の監督作品のようには見えない。「見えない」と書いたが、それは出来の問題ではなく、少人数のスタッフで撮影したのだろうという感じが、画面から伝わってくるからだ。
■DVD情報