旅行人ウルトラガイド
バングラデシュ[改訂版]
旅行人編集部編
税込価格1680円(本体1600円)解説
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購入方法
ダッカ●Dhaka
ダッカの地図
(702X727pix)中身図版
(1073X768pix)
カンタノゴル寺院 国会議事堂
人とリキシャと車がうごめく大都会、それがかつてのダッカだった。人とリキシャで埋め尽くされ、ベビー・タクシーの排ガスがもうもうとたちこめていた。煤煙や渋滞のひどさはバンコク以上、街の汚さもコルカタ並み。
ところが、数年前からダッカの様相がどんどん変化しつつある。かつてはリキシャとベビー・タクシーで埋め尽くされていた道が、自家用車やタクシーが激増し、交通渋滞を引き起こすようになってきたのだ(その交通渋滞の原因になるとして、リキシャ通行禁止の道路も増えた)。この渋滞解消のため立体交差道や、信号機も設置され始めている。
以前は排ガスのせいでマスクがないと喉が痛くなるほどだったが、ベビー・タクシーがCNG(圧縮天然ガス車)に替わり、大気汚染はかなり改善された。
ダッカ(正式名称はダカ)は言わずと知れたバングラデシュの首都。1991年の統計ではダッカ大都市圏の人口は1354万ということになっているが、地元の大学生に聞くと約2000万に達しているともいう。大型ショッピングモールやビルが次々と建設され、急速に発展しつつあるこの南アジアの騒々しい大都市から、バングラデシュの旅は始まっていく。
ダッカという町
ダッカは、旧市街地と新市街地という分け方でなく、町の機能によりいくつかの地域に分けられる。
まず、ブリゴンガ川(旧ガンジス)の河港を中心に発展したオールド・ダッカ。金融ビジネス街のモティジール。スタジアムと中央郵便局の並びには、中央官庁の合同庁舎セクレタリアートがある。その北方ロムナ周辺には公園や高級ホテルが連なる。その西側に広大な敷地を持つダッカ大学。パキスタン時代の高級住宅地であったダンモンディ。以前は町の隅に位置したが今では町の中心に食い込んだ、カントンメント(軍用地)。パキスタン時代のニュータウン、ミルプール。外国人居住区であるバリダラ、グルシャン、ボナニ地区。ダッカ市の北端であったジア国際空港を越えて、ダッカ市は北へ北へ拡大を続けている。
●オールド(プロノ)・ダッカ
オールド・ダッカは「レーン」と呼ばれる細い路地が迷路のように広がる。迷い込んだら出て来られなくなりそうな雰囲気が、オールド・ダッカを必要以上に物騒なところと思わせている。川から襲ってくる外敵の侵入を防ぐため、わざと迷路状にして町をつくったのだろう。しかし、車も入らない古い街並みを、徒歩で、あるいはリキシャで散策できるのはとても気分がいい。実際、人が言うほどオールド・ダッカは危険ではない。ダッカは以前、「モスクの町」と呼ばれたが、イスラム教徒だけが町を築いたのではないことがよくわかる。ムガール様式の建築、ヨーロッパ建築、モスク、ヒンドゥー寺院、キリスト教会、大学など、それぞれの時代の繁栄を象徴する建築物が乱立している。ダッカの名を世界に知らしめたダッカ・モスリンの職人もヒンドゥー教徒だったし、この地域のキリスト教の歴史も400年近い。ブリゴンガ川の船着き場、ショドル・ガットは、特に南部ボリシャル地方から物資が集散する。このため、ショドル・ガット周辺のバザールは、品物が豊富で安い。一日歩き回っても、飽きることはないだろう。
●金融街モティジールから官公庁街へ
ダッカの起点、ゼロポイント付近には、交通、政治、ビジネスの重要地点が集中する。まずビジネス街が広がるモティジール。モティジール東側にコムラプール駅(ダッカ中央駅)が、南側にはダッカを縦横無尽に結ぶバスの発着点グリスタン・バスターミナルがある。この近くには安宿も多く、拠点にするには便利だ。また、2つのスタジアム、国立博物館に次ぐオーディトーリアム(公会堂)のオスマニ・ホール、この国で一番大きいバイトル・モカロム・モスジット(モスク)、中央郵便局(GPO)などが集中する。スタジアムを西に行けばすぐセクレタリアートだ。中央官庁の役所の一部は、国会議事堂のあるシェレ・バングラ・ノゴルに計画的に移動したが、セクレタリアートが行政の心臓部にあたることに変わりはない。一つ一つの建物のスケールが大きく、活気溢れる地域だ。
●ダッカ大学からミルプール・ロードへ
ダッカ大学周辺はやたらとモニュメントが多い。まず、文学部の学舎の前には、毅然とした姿で立ち向かおうとする3人の男女の像「オポロジョヨ・バングラ」がある。オポロジョヨは決して負けない、の意味で、独立戦争後に建てられたものだ。そして有名な、言語運動殉死者の追悼碑、ショヒド・ミナール。文豪の墓、政治的リーダーの墓など、モニュメントだけでも数え切れない。図書館や博物館などには、アカデミックな雰囲気が漂う。歴史あるヒンドゥー寺院、建築マニアが喜びそうなバングラ・アカデミー、カーゾン・ホールなどが広大な敷地に点在する。大学の西側には、ダッカで一番大きいニューマーケットが控えている。
ニューマーケットからミルプール・ロードを北上すると、パキスタン時代からの上流住宅区ダンモンディ地区に出る。基本的には閑静な住宅街なのだが、各国の大使館や文化センター、新しいギャラリーなどもある。特にインド大使館の敷地は広く、ビザセクションだけでなく、文化施設も充実している。ミルプール・ロード沿いにあるNGOのハンディクラフトショップも見逃せない。
パキスタン時代から開発の計画が進んでいたミルプール地区には、動物園や植物園がある。また伝統あるミルプール・サリーの生産地でもあり、メインロードから一歩入ると、機織りの音が聞こえてくる。国会議事堂からミルプールに向かう途中右側に1977年のダッカ事件が起きた旧国際空港が見える。今はあまり使われていないが、今後国内便の離着陸はこちらに移される可能性がある。
●バリダラ、グルシャン、ボナニ地区
現在、外国人が集中して住む地域。グルシャンには高級レストラン、ゲストハウス、ハンディクラフトショップ、マーケットなどが並んでいる。各国の大使館もダンモンディ地区に集まっている。ボナニの高層ビルから町を眺めると、北に森に囲まれたカントンメントが見える。ほこりっぽい町に、緑を供給してくれているのはありがたいが、一般の交通機関は迂回せねばならず、交通の妨げになっていることがわかる。