田中真知
ある夜、ピラミッドで
定価:本体価格1700円+税
(税込価格1785円)解説
旅行人の本
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購入方法
はじめに
1990年の春から97年の末まで、ぼくはエジプトのカイロに暮らした。この本は、その滞在のときのことを中心に、エジプトで見聞きしたことを書いたものである。
カイロに住むようになったのは、偶然のなりゆきだった。90年の初め、ぼくはアフリカを旅するために妻をともなって日本を飛び立った。予定としては、エジプトの南にあるスーダンという国をしばらく旅行してからケニアにぬけ、半年くらいで日本に帰るつもりだった。ところが、スーダンでは政情不安のため思うような旅ができず、ぼくたちは疲れはてて、いったん計画を見なおすためにエジプトに向かった。当時カイロには友人の日本人夫婦が住んでいて、ぼくたちはそこに居候させてもらったのである。
ところが、ちょうどその頃、友人夫婦は三年のエジプト滞在に終止符を打って、帰国の準備をすすめているところだった。いろいろ話し合った末、結局、ぼくたちは友人夫婦の帰国と同時に、ナイル川西岸のモハンディシーンという地区にあった彼らのフラットを引き継ぐことにした。旅行者ではなく滞在者として、しばらく異国に住んでみるのも面白そうだったし、カイロをベースにすれば、アフリカをじっくり時間をかけて歩きまわれるのではないかと考えたのである。こうして思いもよらなかったカイロでの暮らしが始まった。
エジプトに暮らすというのは、ある意味で、サーカスのお祭り騒ぎのなかで生活するようなところがある。日常が、予想のつかないスリルや、どんでん返しに満ちているのだ。短期の旅行者にしてみれば、こんなに面白い国はなかなかないと思うが、そこで長く暮らす身となると、そうとばかりもいっていられない。サーカスの観客どころか、気がつくと自分がサーカスの輪のなかに入っている。傍観者でいることが許されないのである。それはそれで、こちらが充実してエネルギーに満ちているときなら楽しいこともあるのだけれど、そうでないときにはひどく疲れてしまうのだ。
それでも、なにかと文句をいいながらも結果的に足かけ8年もエジプトに暮らしたのは、この土地や人びとのもつ、ある種とらえがたい懐の深さに支えられていたのだと思う。エジプトには、あらゆる解釈や意味づけを笑い飛ばすような、とめどなくタフで、無責任な生命の爆発がある。理不尽なこと、ばかげたこと、不条理なことだらけなのだけれど、エジプトはそういうものをすべて呑み込んで、なおもそこに在る。その驚異的な寛容さこそ、良くも悪くもエジプトならではの魅力なのだと思う。
それでは、ワンダーランド・エジプトへようこそ。