この本は、10年前にわずか50部からスタートした旅行雑誌の傑作選だ。
1988年に、『遊星通信』という、いかにもミニコミらしい名前で創刊された旅の雑誌が、やがて『旅行人』とその名前を変え(りょこうにん、と読まずに、りょこうじんと読んで下さい)、ぼちぼちやっていたらいつの間にか10年がたっていた。
10年間やってきたことに、ことさら意味はないのかもしれない。確かに区切りはいいが、まあ、それだけのことなのだ。だがこんな区切りのいいことはなかなかやってくるものではないし(そう、当然10年に1回しかやってこない)、傑作選を出すにはいい口実でもあるし、そしてそろそろ1冊にしておかないと、次の10年目には電話帳のように分厚い傑作選になるおそれがある。やっぱり10年というのは、ちょうどよい区切りなのだ。
というわけで、唐突ではありますが、本書は旅行人創刊十周年記念出版ということになったのである! 創刊号から通巻40号までの内容を厳選して編集した。
『旅行人』は、(多分)日本で唯一の、個人旅行者のための旅行専門雑誌だ。唯一の専門雑誌だ、などと気張った言い方をしてみたが、まあもとが50部から始まったミニコミなので、現在のところもそういう性格をずるずるとひきずっている。創刊当時からは考えられないくらい部数がのび、定期購読者も増加した。さらに加えて書店で販売までやるようになってしまったが、そうするとこれはミニコミではないとしても、当然マスコミではないし、その中間のかなり下あたりで、国のGDPでいえばラオスあたりに該当するのではないかと編集長は考えている。ラオスという国はメコン川が流れるばかりで知名度も低く、いまひとつぱっとしないインドシナ半島の貧乏国だが、わが『旅行人』読者諸氏には非常に人気の高いところである。私も好きである。
何の話をしているのかわからなくなってきたが、そういう雑誌なのだ。読者は当然、個人旅行者であり、この10年間にあっちこっちから彼らがレポートやら情報やらを書き送ってきてくれた。
海外旅行者数は、昨今の不況で伸び悩みの傾向であるらしいが、それでも年間1800万人。個人旅行者だけでも数百万人といわれているから、伸び悩んでいるといっても数はものすごく巨大なのである。
10年前は、格安チケットなどいう言葉もあまり一般的ではなかったし、海外を一人で旅行するなんて冒険だ探検だ放浪だ青春発墓場行きだ、などといわれ、なんだかとても無謀な行為のように思われていた。
それが、今や猿でもできるバックパッカー旅行なのである。深夜特急に乗ってアジア横断を果たす時代なのである。旅行者たちは旅先で体験した、かなり現実的で、ある意味で日常的な出来事を書き送ってくるようになった。例えば、一昔前なら、貧乏だけど心優しい微笑みの国の人々との温かな交流を描けば、なんとなく旅行記としてはOKだったのが、現在では、貧乏で心優しくはあるけれど、そんなことばっかりいっていると、いつの間にか100ドルぐらいなくなっちゃったなあ秋の空という時代になってしまったのである。
そんな中を昔も今も、旅行者たちは一所懸命旅している。本書は、この10年間、旅行者たちが投稿してくれた記事を収録し、現在につながる個人旅行の模様、というかドタバタあり、涙あり、笑いあり、問題ありの様子を再現した。これを読めば、日本のバックパッカーの世界がつぶさに理解できる、ということはないが、こういう連中があっちこっち世界中に行っているのだなあということを、少しは理解できるかもしれない。
とはいっても、まあ、旅行者とはごく普通の人々なのであり、今時の若いモンや中年なのである。結局は。ごく普通の人が旅行できるようになったからこそ、年間の海外渡航者が2000万人近くに達したのだ。
2000万分の1の、ごくありふれた旅行にすぎないとしても、旅は人それぞれに言い尽くしがたい体験をもたらし、想い出をかたちづくる。そうやって旅をやめられなくなった連中の話を本書に満載した。
この本で、そんな旅行者たちの言葉に、ひとときのあいだ耳を傾けてみてほしい。タメになることは何も書いてないのが恐縮ではあるが、少しだけ笑ってもらえれば編集長としてはこのうえない幸せである。