天下太平洋物語
おがわかずよし
定価:本体価格1600円+税
(税込価格1680円)解説
旅行人の本
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雨の港で手を振って……離島への道
飛行機はトンガ上空に達した。
ほーっ。山もなければ丘もない。見事なまでに真っ平らなその島には、一面にヤシの木が並び、ポツンポツンと家が見える。いよいよトンガだ、と思う間もなく、飛行機は大きく旋回し、ファアモトゥ国際空港に着陸した。滑走路の脇には巨大な王様の銅像が見える。
トンガは南太平洋唯一の王国で、現国王トゥポウ4世は、70年代に勅命で相撲取りを日本に送り込んだことがある。「エコノミック・アニマル」という言葉が流行り、海外で日本はあまり芳しい評価をもらっていない、というイメージがあった時代、「大きな人たちの住む南太平洋の親日的な国」というトンガのイメージはけっこう印象的で、今でも30代後半以上の世代に「トンガ」というと、「あのお相撲さんを送った国?」という答えが返ってくることがある。ちなみに当時の勅命力士は順調に幕下まで進んだが、所属部屋の内紛で廃業を余儀なくされ、その後プロレスラーになったり、帰国して警察官になったりした。ハワイ出身とされる武蔵丸も実は父親がトンガ人で、武蔵丸が初優勝したときにはトンガでは新聞で写真入りで大々的にそれを報じていた。
さてさて、エイズにご注意、というポスターが貼ってある入国審査を通り、わしはホテルのバスに便乗して「キミコゲストハウス」という安宿に向かった。バスの窓から見える家々は、木やコンクリートブロックでできていて、ヤシの葉やパンダナスで屋根を葺いた昔風の家はない。しかし道行く人々のファッションには独特のものがあった。腰にゴザをまいている!? ちょっとおめかしをしたトンガの人々は、男も女もゴザのようなものを服の上から腰にまいているのである。相撲のさがりのようなものを腰にまいている女性もいる。この「腰にまいたゴザ」は「タオバラ」、「相撲のさがり」は「キエキエ」といって、トンガファッションの特徴で、フォーマルな場に出るときはみんなこれをつける。タオバラは、使い込まれてボロボロになっていてもかまわない。むしろそれが誇らし気でもある。それにしても、ウエスト1メートルはあろうかというトンガのおばちゃんたちが、カラフルにデザインされた「さがり」を腰につけた姿は、何ともユーモラスでキュートであった。そして、よそ者の目などを気にせずに、民族の伝統をしっかりと守る姿がアッパレでもある。
「テタツアー」と大書きされたこの空港送迎バスに、そんなおばちゃんたちや、道行く子供たちが笑顔で手を振ってくれる。たまにすれちがうバスは日本の中古車で、「掛川ラジウム温泉」などと堂々とボディに書かれている。おっ、おばちゃん満載の次のバスは「西尾中央幼稚園」だ。目が合うとニッコリ微笑んでくれる。200年ほど前、太平洋探検で有名なキャプテン・クックは、初めてトンガに来たときに、人なつこくて親切なトンガの人々に敬意を表して、「フレンドリーアイランド」と名付けたそうである。手を振る子供たちを見ていると、バスの中にいるだけで早くもそんな雰囲気を感じることができて、わしはなんだかとってもウキウキした。
トンガの首都ヌクアロファは、高いビルもない(今はどでかいのが一つできたが)、小さな街だった。市街地から五分も歩くとぶひぶひ豚が歩き回っている。日本の街と違って、空間をゆったりと使っていて圧迫感が全然ない。
キミコゲストハウスは、そんなヌクアロファの街のはずれの海沿いにある小さな安宿で、その名の通りキミコさんという人が開いた宿だ。キミコさんは、聞くところによると日系のハワイ人で、トンガの貴族と結婚してここに住み着いたそうだが、この時はすでにゲストハウスの経営はイタリア人に任せていて、ご本人とは一瞬お会いしただけだった。とはいえ、日本人旅行者はこの名に惹かれてここを選ぶことが多いらしい。
宿に着くと、さっそく西サモアで知り合って先にトンガに来ていた旅行仲間と再会する。初めて来た土地に知った顔がいるというのは何とも心強く、そして「再会」という事実は、大した仲でなくても、何となく固い絆で結ばれた友人同士だったような気分になってしまうから不思議だ。彼らから交通手段やレストランなどの情報を仕入れる。トンガでのわしの目当ての一つは「離島」であった。
「ババウとハアパイに4日ずつ行ってきた。ババウはボートツアーなんかがあって、金さえ使えば結構面白いんじゃないか。ハアパイは何もすることがなくて、地味に宿でカヌーの模型を作って暇を潰していたよ……」
「で、例のニウアトプタプは?」
トンガには、主島のトンガタプ島とそのすぐ東のエウア島、そして北に向かってハアパイ諸島、ババウ諸島と大きく分けて3つの地域があるが、さらにその北にニウアトプタプとニウアフォオウという2つの離島がある。旅行者は滅多に足を踏み入れることはないとされ、観光客用のトンガの地図には省略されているものもあるぐらいだ。我々は何となくこの「旅行者が足を踏み入れることのない島」に惹かれるものを感じ、英語のガイドブックを解読すると、両島にはちゃんと飛行機が飛んでおり、ニウアトプタプには1軒ゲストハウスもあるらしい、ということを突き止めていた。よし、トンガに行ったらニウアトプタプに行こう、サモアで会った我々はそう盛り上がっていたのである。
旅行初心者には、トンガの離島、というイメージは実に魅力的だった。行った旅行者はほとんどいない。情報もほとんどない。しかしそこはあくまでトンガである。住んでいる人々は我々とそう大きく常識を異にしないだろうし、飛行機で行け、宿もあり、疫病もなければ猛獣もいない。これは実にお手軽に探検気分を味わえるのではないか。そして帰ってくれば結構自慢できるぞ。初心者ながら多少旅行に慣れてきたわしには実にうってつけである。
「ニウアトプタプかあ。一応当たったんだけど、飛行機代がかなり高かったし、それに結構満席が多くて、ちょっと日程的にも行くのが苦しくなったんでやめにしたんだ」
友人はちょっぴり残念そうにそう答えた。ようし。それは残念だったね、といいながら、しめしめ、それじゃあわしがニウアトプタプは独り占めばい、と内心ほくそえみ、わしはますますもってニウアトプタプ行きの決意を固めるのであった。何しろ仕事を辞めて旅行しているわしには「日程」はないもんね。
ともあれ、それからしばらくの間はニウアトプタプはお預けにし、わしはキミコゲストハウスを根城にして、ちょうど行われた王様の誕生日のお祭りを見たり、バスに乗って島の「見どころ」を訪ね歩いたりして過ごした。
初めての海外旅行も3カ月目に入ったこの時期になると、そろそろ白人旅行者とも何とか会話ができるようになってはいたが、まだまだ情報を聞いたり込み入った話をするには力不足で、そんなわしにとっては、少数の日本人旅行者仲間とともに、青年海外協力隊の人たちが貴重な情報源であった。
青年海外協力隊なる存在を、実はわしはこの旅に出るまで知らなかった。サモアで初めて「隊員」という青年に出会ったとき、何とも聞き慣れぬ「隊員」という表現には少々違和感を覚えたものだが、実際に住んでいる人から聞く話はいい情報になるし、同世代の彼らが旅行者と違った見方をしていることもまた面白かった。彼らは西サモアやトンガ、フィジーなど、太平洋地域にも広く派遣されていて、地元の人の中にとけ込んで様々な分野で働いていた。その数は一国あたり数十人程度のものだが、何しろ国が小さいから、総人口の割にはその数はかなりのものだ。フィジーのスヴァやパプアニューギニアのポートモレスビーのような大きな都市になってしまうとなかなか出会うことはないが、トンガや西サモア、ミクロネシアなどでは遭遇するチャンスも多い。そして、向こうも個人旅行者が物珍しいのか、気さくにいろいろな話を聞かせてくれたものであった。
トンガでも、メシ屋でとなりに座った地元衆が、「日本人か。ヒロシを知っているか?」などと話しかけてきて、知り合いの青年海外協力隊のメンバーのところまでわざわざ連れていってくれることもあり、何人かの隊員たちにはいろいろと親切にしてもらった。しかし、そんな隊員たちからもニウアトプタプの情報は何も得られず、それがかえって謎の島への憧れを増幅していった。
こうして、結局、「宿はある」という以外にはめぼしい情報を入手することもなく、いよいよ離島旅行を決行すべし、と航空会社に行ってみると、週1便あるニウアトプタプまでの飛行機は、案の定、当分満席ということだった。ちょっと拍子ぬけだが、まあ、これ幸い、である。本当のところ、いきなり「超離島」ではちょっと不安である。わしはそこで、まずニウアトプタプに行く途中にあるババウまで行き、観光客も少なからずいるというババウ諸島で「離島」に慣れながら、ニウアトプタプ行きの飛行機を待つことにした。
7月13日、ババウにおける空港からの交通、宿、両替方法などなど、入念にチェックをすませ、巨大スーツケースをゲストハウスに預けて、いざババウへとわしは空港に向かった。
「ウインドウサイド、プリーズ」
「ふむ」
係のごっつい男は無愛想に荷物の重さをはかり、タッグをつける。
おや?
タッグの行き先がニウアトプタプになっているではないか。航空券はババウ経由でニウアトプタプまで買ってはあったが、わしは、今日のところはババウまでしか予約していない。
「いや、わしの行き先はババウ、ババウだ!」
ばうばう吠えるわしに、しかし男は平然といった。
「お前は、ニウアトプタプに行きたいんだろ?」
はい、そうです。いやいや、そうじゃない。今日のところはババウまでのつもりで……。
「ラッキーだな。お前のフライトはニウアトプタプまで飛ぶ」
おや、こりゃどうもご親切なことで。いやいや、そういう問題ではない。わしが今日行くのはババウで……。
「次ぎ」
男はきっぱりと交渉打ち切りを宣言した。あっけにとられているうちに、みるみる我が荷物は彼方へと遠ざかり、わしは居並ぶ乗客の列からはじき出されてしまった。
あ、いや、ちょっと、ちょいまち……、ま、いいか……。
気が弱く、あきらめと○○○○の早さでは自信のある(どちらも自慢にならんが)わしは、もはやなすすべもなく、旅の予定はままならぬものよのう、こうしたハプニングこそが旅の真骨頂であるなあ、などと青い顔でひとり余裕の表情を演出して、誰が見ているわけでもないその場を取り繕うばかりであった。
かくして。わしは何の準備もないままに、いきなり辺地旅行に旅立つことになってしまったのである。