添乗員騒動記
岡崎大五
イラスト◆グレゴリ青山
残部僅少
定価:本体価格1500円+税
(税込価格1575円)解説
旅行人の本
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購入方法
ソウェトへ行こうきっかけ
ぼくはどうしようかとさんざん頭をひねっていた。明日はヨハネスブルグの観光である。といっても今では遊園地と化した19世紀の街ゴールドリーフシティーに行って、カールトンタワーに登ったらおしまいで、あと半日は御自由にという日程なのだ。客が黙っているわけがない。それとなく「どっか連れて行ってくれるんでしょうね」と擦り寄ってこられて、ぼくはいつもどおりに「もちろんですよ」と自信たっぷりに答えたものの、これだというあてはなかった。
さて、どうしよう。
こんなことになるのはツアーの始まる前からわかっていたことなので、ぼくは出発直前に同じツアーから帰ってきたばかりの同僚の添乗員にどうしたものかと聞いてみたのだが、彼は「植物園くらいかなぁ」と言い、それならこっちも植物園くらいでいいやと思っていた。でも実際その日を迎えるにあたって、どうも心が晴ればれとしないのだ。
なにか別のアイデアで、客がそれは面白そうだといい、ぼくもこれならぼくらしいと納得できるものがほしかった。
でも浮かばない。
ぼくはホテルに入って一応の雑用をすませると、部屋でビールを傾けながら何本もたてつづけにマルボロライトをふかして、窓から見える夜のプレトリアを眺めた。
ヨハネスブルグは危険だからという理由で、白人の住むこの首都にわれわれの宿は選定されたのだが、たしかに夜の10時を過ぎてなお、白い肌の若者たちがファーストフードの店々や映画館に群がるさまは緊張感に乏しく、車の通りは少なくなったものの、幾つかきらめくネオンサインはどこか日本の地方都市といった趣きである。
ぼくは窓越しにそんな風景を見るにしたがって、やるせない気分になってきた。所詮ツアーなんてこんなものよ。安全という見えない壁に囲まれてしか動けやしない。
あーあ、結局植物園か。危ないといわれるこの土地で、安全を前提にできることといったらそれしかないのか。
ぼくはベットに飛び込んで、持ってきた参考書のひとつをぺらぺらとめくった。もちろん南アフリカのページはある。これまで幾度となく読んでいたが、今一度目を通す。
アパルトヘイトの実感が書かれてあった。そうなんだよな。南アといえばアパルトヘイト、黒人と白人のある種典型的な関係がこの国のかたちなのだ。なのにツアーは地元のエージェントが白人の会社なものだから、ぼくらは名誉白人よろしく歓待されて、白人の支配しているところだけを薄っぺらになぞるだけなのだ。
あーあ、つまんねえな。ぼくはベッドにあおむけになり、手足をてんでんばらばらに動かして欲求不満を訴えた。でもひとりである。バッカみたい。そう思ったときピカッと何かが閃いた。
ぼくは急いで本に戻った。文字が光っていたのはその「南アへの旅」の項、「ソウェト」という文字である。
ソウェト……南ア最大の黒人居住区。サウス・ウエスト・タウンシップの略。推定人口100万とも200万とも300万とも。すべてが黒人。
ここプレトリアで見るのは9割が白人というのに、なんてえこったい。ソウェトには黒人がうじゃうじゃいるんではないか。
地図で確かめるとヨハネスブルグからわずか10キロである。半日時間があれば行けないことはないだろう。客が行きたいかどうかは知らないが、少なくともぼくだけでも行ってみたかった。
早速ぼくはレセプションに降り、午後からはバスが手配されていないので、そっち方面のリムジンバスかなにか用意できないものか尋ねてみる。
でもレセプションのとても親切な白人女性はソウェトのことを持ち出すと、「なんでまたそんなところに行きたいの」と首をひねるばかりで話にならない。
ぼくは意味もなくホテルの中をうろつきまわった。折角いいアイデアが出てきたというのに、これを実現できないではプロの添乗員、通称プロテンの名折れである。
行き先は決まった。あとはどう行くかだ。やるせなさはとうに吹き飛び、ぼくは脳みそに血を送り込む。すると自然に腹が減ってきた。考えてみれば今日の夕食は機内食だった。どうりで腹が減るわけである。
ぼくはホテルの前にあるピザハットに行くことにした。そして横断歩道で信号が青になるのを待っていると、なんだか足元に落ちているチラシのような紙切れが気になってしかたがない。拾い上げ、何気なく読んでみた。
表紙には、『IMBIZO SOWETO TOURS』とある。
まさかと思って、よくよくその紙切れの英文字をながめると、やっぱりである。ソウェトのツアー広告ではないか。
ペラペラの紙の表に連絡先と料金、裏面にはツアーの内容が細かく記されている。美しいソウェトでいろんな種族の人々、マンデラさんの家、黒人解放運動の拠点となった教会、酒場、公園など、読んでいるだけで思わずニターッと笑みがこぼれた。どんなところかは知らないが、きっといいところに違いない。中でも、「金持ちや貧乏人にも会える」というくだりに、ぼくは胸がきゅんとした。もしかしたら本当のスラムに行けるかもしれないのだ。これだ!
11時を過ぎ、さすがに人通りは少なくなっていた。
ぼくは薄汚れたチラシを握りしめてピザハットへと急いだ。