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10月某日

前 略

 このところ、労多くして実りの少ない体験がつづきます。しくしく。
 昨夜ヘナで毛染めをしました。これはすで2度試したことがあって、面倒がくさいことは重々承知の助。おやおや、なのに……、で、なんで、また? と後ろ髪をひかれましたが、今回は準備万端にして「実り多いものにする!」という意気込みで挑みました。
 他の毛染めはやったことないからその染まり具合は知らないけれど、自分でやるヘナの毛染めは変身度がいまいち、にも届かず、2度とも十歩百歩くらい手前でした。
 自分でやるってのは、そんなモノなのでしょうか?
 しかし、今までのヘナ染めの足を引っ張っていた原因に心当たりがあったので、それを訂正し、再々チャレンジした雨の休日の夜でした。頭が冷えて、15年ぶりに風邪ひきそうになってしまった。が、さて、さて、実りやいかに?


 説明書に、「ヘナを塗った髪にドライヤーをあてて4〜5分温める」と書いてあるが、ドライヤーはここ数年消息不明。で、初回と2度目はこれを省いていた。そのせいで、変身度が低い!? と私は推理した。以前、ヘナで手の甲に模様を描いたとき、体温と気温が高い日の方が濃く染まることをわたしは発見(!?)していた。暑い国では、ヘナで体温を下げるとも聞いたことある。
 で、まずはドライヤーを購入、1570円也(中国製)。紅茶とレモンを用意。紅茶(コーヒーでも可)に含まれるタンニンが、より艶と深みのある色に仕上げるそーだ。大サジ1杯のレモン汁か酢が染まり具合を後押しし、トリートメント効果があると。で、卵の白身を入れると染まり具合とトリートメント効果がもっとアップするとあるが、明朝用の卵しかないので、これはパス。大きめのクギを1〜2本入れると黒の仕上がり良しとあるが、これもないのでパス。


 夕飯後、頭にヘナを塗って映画『逃亡』を半分と中国映画『紅粉』を観た。髪を乾かしながら『花の影』も観た。テレビの連続ドラマだった頃の『逃亡』は捕まりそうで捕まらない主人公に、はらはらイライラし、「めんどくさいなー、早く捕まれば、結果がわかっていいのに」と感じていたことを思い出した。『紅粉』は結末に狐につままれたよーな気分を味わった。『花の影』は、美しめの主人公2人の怪しい人生、ストーリーは好きじゃなかったな。
 で、ヘナ染めの夜は更け、寝た。

 翌朝、鏡に映った髪を見て、「やっぱりなぁ……」程度の仕上がりに、ガックシとうなだれた。

追伸:『花の影』でレスリー・チャンの名前と顔が一致した。彼って、竹宮恵子の漫画『風と木の詩』に出てきそうな男ね。
美容師の木村さんから、「ヘナは2時間以上頭につけたまま放置しないように」とのアドバイスがありました。
「頭皮が焼けます」とのことです。ご注意ください

まだ、かろうじて10月の某日

 前略

 松茸が旅行人事務所にやって参りましたのよ。「果報は働いて待て!」の旅行人編集部の社訓が効いた土曜日でした。

 正確に書きますと、松茸は《哲》宛であって《旅行人》は気付け扱いのみでしたが、そこはそれ、優しい哲からお裾分けをしていただき、帰りました。哲の韓国の友人に篤く感謝し、週末に豊かな秋を! 今年は労多くして実りの少ない栗ご飯を食べたし、ギンナンも食べた。着々と秋を食べるチャンスに恵まれています。

 勤労者に幸あれ!
 哲の韓友にも幸多かれ!
 土曜の午後の就労に松茸あり。
 

 で、わたしのことだから間違いは起こす。しかし、今回ばかりはせっかくの松茸に粗相があってはなりませぬ、と失敗は起こりえようのない、そして確実にハッピーエンドを迎えられるホイル焼きに調理方法を設定しました。しかししかし、どのくらい火が通って食べ頃なのかを哲に教わったというのに、家にたどり着いたときにはもう忘却の彼方。まことに、無念です。

 もう一度訊こうかとも思いましたが、どうせわたくし、松茸の真実の味を知らないのだから、どのレベルで食べたってわかりゃしない、ということに思いいたりました。湯気が出始めたところで火を止め、お醤油をかけて食べました。和歌山のグレゴリ邸の近くで買ったちょっと高い醤油です。
 ちゃんとした松茸食いはこれで4回目。過去3回の松茸の味はとおに忘れてしまいましたが、松茸って、アワビに似ている、というのが今回の感想です。
 歯触りと食感、匂いも少し生臭さを放っているところなど、そっくり。そのアワビは香港人の結婚式で食べたメニューの中にあって、わたしはその後に出てきたフカヒレスープより好きでした。そしてそのときのわたしの美味しい記憶の中にある幸せな気分が、再び口の中に広がった。幸せが倍になりました。

 松茸って温かなアワビじゃないでしょうか?

 一粒で二度美味しい、とはこのことです。目をつむって口にする松茸でアワビの食感、それがアワビだったときは松茸をも体験できます。
 
 ちなみに、哲の家では、松茸のみそ汁をしたらしい。


あら、12月の某日

 前略

 あっという間に月日が流れた。実りの秋(いや、もう真冬か)だというのに、わたしときたら何を実らせたのでしょう。
 先月上旬、ホームページの管理はできるが対処と処理ができない取締役と社長(できると言っている)を日本に残し、哲が取材でバンコクに行きました。寒い日本を離れた暑いタイで、毎日タイ食三昧の社員。わたしはひとえに仕事だ。まるまる仕事で、気づいたら12月。
 いやいや、グチはよそう。
 それよりも、最近のテレビCMは、なんであんなにも懐かし者がこぞって出るのでしょう? SMAPがガッチャマンのなりして出てきたので喜んでいたら「こちらジェッター、応答せよ!」のスパージェッターやサイボーグ009も登場。SMAPはガッチャマンなんて知らないんだろうな? 見ている人だって、どのくらいの人が彼らの正体を知ってるんだろうか。と思っていたら、おやまあ、ナショナル坊やまで見ちゃいましたよ。ターゲットは今どきの子どもじゃなく、今まさに40代になった昔少年&昔少女なのですね。

 で、で、オードリー・ヘップバーンがリアルな姿でしゃべってる。後ろに垂らされた髪がちょっと平面っぽくって不自然な感じがするから、きっとコンピュータで処理したんでしょうね。最近のこの手の技術ときたら、あいた口が塞がりません。
 突然に彼女の存在を思い出させられて「彼女は生きていたかな?」などと不謹慎な思いが頭をよぎった。でも、こんなに若くないことは確かだ。
 
こんなんじゃなかった…
ことだけは確かです

あんなにもパピーごっこして遊んだというのに、その姿が思い出せません。記憶なんてなんと薄情なものよのぉ。

 しかし、だ。実をいうと、わたしはあのCMを見ると背中が寒いぞ。アニメ・キャラなら平気なんだけど、最近のコンピュータ・グラフィックの技術ときたら、死んだ人にまで新たな演技させてしまうすごさで、そんなことしちゃっていいのかしら? 彼女たちはそれを不本意と感じていないのかしら? と心配になる。昔のフィルムのままの姿で出てきてくれるだけで、わたしなどは充分満足なのに。わたし一人ぐらいじゃ充分じゃないことは重々承知ですがね。

 それよりか、あのCMはスティーブン・キングの『シャイニング』以上に恐かった『ペットセメタリー』を思い出せるじゃありませんか。両者とも映画でも見たけど、原作ときたら、そりゃぁもう……本であれ以上に恐ろしい思いをしたことがありませんぜ、わたしは……。というほど恐ろしい物語です。『羊たちの沈黙』も怖かった。
 
 
『ペットセメタリー』に出てくるお父さん、彼は愛する息子を取り戻したいがために、禁断の地に赴いてしまう。そして息子を起こしてしまう……その最後のシーンが、わたしの中でCMのオードリー・ヘップバーンと重なるのでありまする。
 死んだ人を起こしちゃいけませんぜ。いくら愛する者でも。それが、どんなに不本意な死に方をしても。ちなみに、蔵前編集長はあまりの怖さに、最後まで読めませんでした。
 
 
↑タマキング氏にお褒めいただいた前開きファスナーがちょっとHをかもしているジーンズ・バッグ。

 クリスマスが近づいてきて、バッグが欲しい熱がぶり返した。今年の分の誕生日プレゼントでバッグを買ったというのに、どうも気に入らない。それで、もう一度「バッグが欲しいわ」と呟いてみた。返事がない。そうかそうか、それが返事なのですね。
 で、で、で、じゃーん。ただ今、あっちこっちで自慢しまくっているバッグをこの場でもご披露したい。ジーンズのお尻の部分でショルダーバッグを作りました。肩紐は足の部分を使用。バッグが大きめなのは、当時ゆるゆるサイズのお尻とウエストをベルトでギュッと絞るのが流行っていたせいです。ファスナーも使い古しなので、材料費はタダよ、タダ!
 
 
↑足の部分の布で内側にファスナー付のポケットを製作。貴重品入れです。
前ファスナーの内側にスリ防止用のタックを入れた布を付けました。開いても中身がこぼれ落ちません。ペンの指定席にしました。
ポケットはファスナーで塞ぎました。


前 略

 今年に入り(と言ってももうひと月半が過ぎましたが)、久しぶりに体重計にのりました。

「あれりゃ、まっ」

 この数字はわたくし以外の者、誰にだって知られちゃなりませぬ。この事実はわたくしひとりの胸にしまい、死ぬまで秘めたまま、死んでも秘めたまま、死のう……と思いました。本当に腹がたつ。

 一生懸命働いたお返しが、この体重なのですね。バングラデシュに明け暮れた昨年11月と12月、それに年が明けた1月にもシュークリームをたくさん食べたことは認めます。暖かい部屋で食べるアイスモナカも美味しゅうございました。そして、夜毎の夕飯開始が10時半とか11時過ぎ、食べ終えて皿を洗いだすと日付が変わっていた夜も度々ありました。早起きして北向きの机に向かってお仕事した日も。そんな朝は、干し柿を食べて体を温め……。

 走馬燈のように積み重ねた罪がぐるぐる回り、目眩がします。

 でも、ダイエット……なんてしません。次の旅を終えるまで、二度と体重計にはのりませぬ。もしも……、それまでにわたしの身に何か不幸があっても、体重計にのせて計ってみようなんていたずら心を誰もおこさないでほしい……、願わくば。

 この次にダイエットをするときは、命がかかっているときのみと決めておりまする。今は見る影もありませんが、辛抱辛抱で、食べ終わった瞬間から次に食い物を口にできる時を勘定しはじめるような生活を、実はわたしはしたことがあるのです。大事な人生の一時をとてもつまらない時間にしてしまったダイエット中は、身も細るような辛い日々だった。身は細ったけど、ストレスはぐぅぅぅーんと肥大しました。

 今から十数年前、わたしは痩せるための体操をしゃかりきにやって、サウナに入って汗を流し、油分と糖分を退けて見事に体重を減らしました。しかし、体重の数字はあくまでも目安にすぎず、周囲のほとんどの人にわたしの体重の激減は気づかれない。尻と胃袋あたりと背中(肩胛骨がまるで天使の羽のようでした)と腕の肉は見事に落ちたけど、顔と腹と腿だけはそのまんまだったせいで、周囲が鈍感だった訳じゃないと思う。
 でも、それじゃぁつまんないではございませんか。5キロ痩せても、10キロ痩せても、もっと痩せても、みんな「へぇ〜、そうなの?」の一言。しかもわたしは痩せたからといって美しくなるタイプではないことを、そのとき気づきました。

万華鏡づくりにした部屋の中でエアロビクスをやったら、前後左右のわが身が鏡に無限に写る……まるで筑波のガマガエルの心境。油が採れるかも。

 体重を激減させたら生理が止まり、病院に行ったらホルモン注射を打たれました。そしたら、体重がぐぃぐぃぐぃぃぃっと2、3日で5キロくらい増えました。なんなのあの注射。医者はそんなこと教えてくれずに注射を打ち、水の泡でしたね。このあたりの人生ドラマは涙なくして語れないし、笑いなくしては聞いてもらえないでしょう。

 少ないカロリーでお腹を一杯にするために、油気の少ない野菜炒めを山盛り食べましたが、たくさん食べても食い物が体を素通りしていくむなしさが胃袋に残る。満腹は満足がともなってこそ、というのもそのとき知りました。楽しいひとときを自ら踏みつけて何ぞ楽しい人生。と、あの日よりぷっつり断食みたいな生活やめました。

 昨日のおやつ、のまどさんからいただいたシュークリーム、美味しゅうございました。今日はチョコレートが回ってきました。これもたいへん美味しくいただきました。