シルクロード見どころマップ
アルメニア イェレヴァン
イェレヴァンは現在のアルメニア共和国の首都で人口125万人。都市としての起源は古く、今から2,800年前のエレブニ城塞の建築まで遡るとされるが、実際にはそれ以前から集落はあったようだ。しかしイェレヴァンが現在のような形になったのは、第一次大戦前後の混乱の中で、アルメニア人の手に残っためぼしい町が唯一ここだけだったという偶然によるものだ。
歴史博物館
共和国広場に面した大きな建物。古代ウラルトゥの土器から現在に至るまでの、アルメニアの歴史に関わる品々が展示されている。ハチャトゥリアン博物館
バレエ組曲『ガイーヌ』など、現代音楽にカフカスの民族的要素を大胆に取り入れた作風で知られ、旧ソ連を代表する作曲家のアラム・ハチャトゥリアン(1906-1978)の邸宅跡。マテナダラン
アルメニアの書き言葉の歴史は、5世紀のメスロプ・マシュトツによるアルメニア文字の発明まで遡る。マテナダランとは、その頃から現在に至るまでの膨大な量の古文書を収集・分析するための研究機関であり、館内ではその一部を一般向けに展示している。アルメニア北部
聖アストヴァツァツィン修道院(セヴァン)
湖に細長く突き出た半島の先の部分にある修道院で、9世紀にムスリムの支配者に対し反乱を起こしたバグラット朝の王が建てた。ハガルツィン修道院(ディリジャン)
パムバク山脈の森林の中にある修道院。建物はいずれも11〜13世紀の建築で、最も大きなスルブ・アストヴァツァツィン(聖母)教会(1281)、隣りのスルブ・グリゴル教会(1071)とその僧院(1248)からなる。サナヒン修道院(アラヴェルディ)
10世紀頃に建てられた修道院。当時この地域を支配していたタシル・ツォラグト朝の庇護の下で発展し、最盛期の11世紀にはハグパット修道院と合わせて約500人の修道僧がいた。13世紀のモンゴルの侵入まで、中世アルメニアにおける学芸の中心地の一つとしてその名が知られた。ナゴルノ・カラバフ
ナゴルノ・カラバフはロシア語で「山がちなカラバフ」という意味。カラバフの語源はアゼルバイジャン語の「黒い果樹園(ガラ・バグ)」で、その名の通り黒土の肥沃な土地である。住民の大半がアルメニア系であるにもかかわらず、ソ連時代はアゼルバイジャン内の自治州だった地域。
「われらの山」像
山岳地帯にすむカラバフの男女をイメージしたもので、新生ナゴルノ・カラバフ共和国のシンボルとして、国章にも使われている。ガンジャサール修道院
13世紀建立の修道院。この地域を支配していたハチェン朝のアサン・ジャラリアン王が1238年に教会部分を完成させ、その后であるマムカンにより残りの部分が完成した。