アジア横断見どころマップ
インド カルカッタ
1690年に東インド会社が交易地の確保のため侵入してきたのが今日のカルカッタの始まり。村の名前カリカタが変化したのが名前の由来。
詩人タゴール、シタール奏者ラビ・シャンカール、映画監督サタジット・レイなどのインドを代表する芸術家がここから生まれた。今日もこの町は経済の中心としてだけでなく、芸術や思想、政治運動の中心としてインドを動かしている。様々な階級が喧騒の中に共存しているカルカッタは、西洋と東洋がからみあった特異な都市だ。
カーリー寺院
破壊と血を好むカーリー神を祀ったヒンドゥー教寺院。絶えず熱心な信者が参拝に来ている。境内では午前中カーリー神にささげる生け贄としてヤギの首がはねられる。10時ごろ太鼓の音を合図に行われる。ビクトリア記念堂
セントポール寺院より公園側にあるこの大きな建物はイギリスのビクトリア女王を記念して1921年に建てられた。アグラのタージマハルがモデルになっている。バラナシ
インドに来たなら必ず訪れて欲しいのがバラナシ。ガンジス河のほとりに広がるこの町は、シヴァ神の聖地であり、ヒンドゥー教徒にとって最も重要な巡礼地だ。その歴史は古く、仏陀がはじめて説法をしたサルナートはここから10kmしか離れていない。その後ヒンドゥー教が興りガンガーのほとりの町は一大聖地として発展していった。
ガンガー
ヒマラヤを源に川は大河となり聖地バラナシを流れる。ガンガー(ガンジス河)はヒンドゥー教徒にとって神聖なる川であり、それ自体が信仰の対象になっている。死後の肉体は焼かれ灰となり、この川に流される事で輪廻から解脱できるという。また沐浴する事で今まで犯してきた罪は浄められる。そのためインド全土から巡礼に訪れる人でいつもにぎわっている。デリー
ガンジス河の支流ヤムナー川沿いに成長してきたデリーの町は、13世紀頃のデリー諸王朝から19世紀のムガール王朝まで7つの王朝が支配をしてきた町。インドの歴史の中で常に重要な役割を果たしてきた。ムガール王朝の最盛期にシャー・ジャハーンによって建てられたラールキラー、ジャマーマスジットを中心にオールドデリーは形成され、イギリス支配時代の1912年にカルカッタから首都が移され、現在のニューデリーが形成された。
ラールキラー
別名「赤い城/レッドフォート」とも呼ばれるこの城はアグラのタージマハルを築いたムガール朝第5代皇帝、シャー・ジャハーンにより1639〜48年にわたって造られた。2.5kmもの長い城壁で囲まれており、城門は南側のデリー門と西側正面のラホール門がある。現在開かれているのはラホール門のみインド門
1931年にコンノート公爵によって基礎が置かれ、この門を中心に11の道が放射状に伸びている。コンノートからは2.5km南東にあり、西の大統領官邸からラージパト通りが真っ直ぐ3kmここまで伸びている。アムリトサル
デリーより北西約450km、パキスタン国境に近いアムリトサルはパンジャブ州最大の町。町自体は他のインドの町となんら変わらないが、たくましいヒゲやカラフルなターバンを巻いた人々を多く見る。それもそのはず、この町はシーク教徒の聖地であり、ゴールデンテンプルは彼らにとって最も重要な寺院だ。
ゴールデンテンプル
旧市街の中心にあるこの寺院は、シーク教徒の総本山とも言うべきお寺。大理石をふんだんに使った回廊の中央には100m四方のプールがあり、更にその中央には黄金に輝く本殿、ハリ・マンディールHari Mandirがある。